インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

ダイエットして見返してやる!~映画『幸せをつかむダイエット』

■幸せをつかむダイエット (原題:Vazandaar)(監督:サチン・クンダルカル 2016年インド映画)

f:id:globalhead:20171008120720j:plain

とある大失敗をきっかけに、二人のインド女子がダイエットに挑戦する!というお話です。

マハーラーシュトラ州パンチガニに住むカヴィ(サイー・タームハンカル)とプージャ(プリヤー・バーパト)は大の親友。ある日プージャは、伝統を重んずる家に嫁ぎ窮屈な毎日を過ごすカヴィの為に、一緒にダンスパーティーに繰り出します。テーブルに乗って踊り呆ける二人ですが、そのテーブルが壊れて転げ落ち、さらにその光景が動画に撮られて拡散し、近所の物笑いの種となってしまいます。「これは私たちがテーブルが壊れるほどおデブだからだわ!ダイエットして見返してやる!」かくして二人の過酷なダイエットの日々が始まりますが!?

ダイエットと言えば女性にとっては永遠の課題、もちろん男性だって決して無視していいことではありません。かくいうオレも大昔ちょっとしたダイエットに挑戦したことがありました。あれは中学3年ぐらいの時、大食漢&運動嫌いのオレは結構なぽっちゃり体型だったんですが、そこはやはり思春期、女子の目が気になってダイエットを決意、あの時は炭水化物と油と糖分を控えて、1,2年掛けて10キロほどの減量に成功しました。しかしその後も10数年食事制限を続け過ぎていつも頭をクラクラさせながら過ごしていたので、健康や精神状態にはきっと悪かったんだろうなあ。結局30歳過ぎてから食事制限止めたら以前の体重に戻っちゃいました。ただ、その後はほとんど同じ体重を維持しているので、この体重がオレには順当なんだろうと思うことにしています。

さて映画のほうは女子二人のダイエット大作戦となりますが、この主役の二人、たしかにぽっちゃり体型ではありますが、肥満体系というほどではないんですね。ダイエット成功後の姿も登場しますが、見違えるほど大変身!ってほどでもなくて、だから体重に大いに悩む女子二人、という物語に若干説得力が希薄なんです。あの手この手のダイエット作戦も想像の範疇を超えるものは無く、この部分のコメディ要素も大人しめです。これがハリウッド映画だったらとんでもないエグイ方向へと持って行くんだろうがなあ、とダイエットそれ自体の展開にはそれほど面白味はありません。また、物語はフラッシュバックの形式で描かれますが、これもそれほど成功しているとは思えません。

しかしこの物語の本質にあるのは、女性がどうやって自分に自信を持つことが出来るようになるのか、という部分にあるのだと思います。カヴィは厳格で格式高い実業一家に嫁いだばかりに、独身だった頃の自由は奪われ、ただ子供を産むことだけを期待される存在になっています。またプージャはアメリカで学位を取ることを目指す女性ですが、それほど裕福ではない母子家庭に育ち、そういったことを心の奥底で気にしていて、引っ込み思案で自分の容姿に自信が持てません。この二人の対比の面白い部分は、カヴィが自分の周囲の社会からの開放を夢見、プージャが自分自身からの開放を夢見ている部分にあります。そしてダイエットは、そのきっかけに過ぎないんです。さらに映画は、こういった女性二人の友情にクローズアップしている部分が見所なんですね。女同士の友情を描いたインド映画って意外と少ないと思いません?

併せてこの映画を魅力的にしているのは、舞台となるマハーラーシュトラ州パンチガニの、はっとするほど美しいロケーションにあるんですよ。オレは全然知らなかったんですが、パンチガニはムンバイから南東に240キロほどの距離にある内陸部の土地で、映画では花々の咲く瑞々しくて風光明媚な風景が映されてゆきます。インド映画ではゴアの自然が美しいなと思ったことがありますが、このパンチガニも負けてはいません。そしてその中に建つ住居とその内装の、素朴ながら暖かな生活感を感じさせる雰囲気がまたいいんですね。伝統性を重んじる裕福なカヴィの家は古いものを実に大切に使っていて、まるでコルカタの旧家のように見えるし、プージャの家も貧しいなんてまるで思えない山奥のコテージのような作りで、これも目を楽しませます。

そんなわけでこの『幸せをつかむダイエット』、ダイエットという今風なテーマながら、その中に女性の自己実現、女性同士の友情、そして静かで落ち着いたインドの暮らしぶりをうかがわせるロケーションと、実に様々な部分で注目すべき部分のある作品でしたよ。そういえばこの作品、珍しいマラーティー語の作品で、日本語字幕だけではなく英語字幕までついています。普段目にするボリウッド映画とマラーティー語映画の違いを気にしながら観るのもありかと思います。そういった部分でも面白味のある作品でしたね。


Vazandar | Official Trailer | Sai Tamhankar, Priya Bapat | Latest Marathi Movie 2016

インド/タミルのクライム・コメディー『キケンな誘拐/ SOODHU KAVVUM』を観た

キケンな誘拐/ SOODHU KAVVUM (監督:ナラン・クマラサーミ)

f:id:globalhead:20170925111702j:plain

<あらすじ>セーカル、ケサヴァン、パガラヴァンの失業3人組は、酒場で出会った小銭稼ぎの誘拐犯ダースから仲間に誘われる。彼独特の『誘拐のルール』をレクチャーされた3人は迷いながらも彼に同行、チームは次々と身代金目当ての誘拐を成功させてゆく。そこへある日、突如として舞い込んだ一発大逆転の儲け話。そのミッションが『誘拐のルール・その1』に反すると知りつつも、勢いで引き受けてしまった彼らは、案の定とんでもないトラブルに巻き込まれることになる。出演:ヴィジャイ・セードゥパティ、サンチター・シェッティ、カルナーカラン
(2013年/タミル語 / 127分)

成り行きで誘拐犯になっちゃったボンクラ3人組を描くクライムコメディーです。犯罪者が最初の計画から逸脱して次第にのっぴきならない方向へと進んでゆく、という犯罪ドラマのセオリーを踏襲しつつ、これを暗く陰惨な方向ではなくコメディー作品として仕上げているところに面白さがありました。

まずなにしろ予想の付かない方向へとどんどん迷走してゆくシナリオがとても素晴らしいんですよ。誘拐計画が二転三転し、なんとかしのいだと思ったらまたまた思わぬ危機が勃発し、と全く予断を許しません。ボンクラ3人のボスとなる男がまたまた強烈な個性の持ち主で、この人、なんといつも妄想のカノジョをはべらせています。しかもそれを周囲に公言しています。なんだか訳が分からないんですが、男ばかりのむさ苦しい犯罪ドラマに華やかさを持ち込んでいるので、あながち無意味でもないんです。

強烈なのが彼らを追う凶悪な暴力警官の登場です。暴力警官が正義の鉄拳を振るう!というインド映画は数ありますが、この作品では「そもそも暴力警官なんて悪だよ」とある意味当たり前のことをつらっと描いちゃってるところが逆転の発想でした。さらに物語は誘拐犯たちの犯罪だけではなく政界の汚濁ぶりまでも描いており、これらを含めたブラックな展開にまたもやシナリオの練り込みぶりを見せつけられましたね。 

キケンな誘拐 [DVD]

キケンな誘拐 [DVD]

  • 発売日: 2020/12/02
  • メディア: DVD
 

 

インド/タミルのホラー・コメディ『デモンテの館 / DEMONTE COLONY』を観た

デモンテの館 / DEMONTE COLONY (監督: R・アジャイ・ガーナームットゥ)

f:id:globalhead:20170925111649j:plain

<あらすじ>ラーガヴァン、スリニ、サジット、ヴィマルの4人の仲間は、デモンテ集落にある不気味な廃墟に肝だめしに向かう。その後、かつてその廃墟の主であったポルトガル人の資産家・デモンテ一家に起きた惨劇と、それにまつわるあるネックレスの物語を知ったラーガヴァンは、3人にそのストーリーを語りつつ、そっと告白する。あの廃墟で美しいネックレスを見つけた彼は、売ってカネにするためにそれを持ち帰っていたのだ。その時、誰かが部屋の扉をノックする音がー。出演: アルルニディ、アビシェーク・ジョーセフ・ジョージ、サナント、ラメーシュ・ティラク
(2015/ タミル語 / 113分)

またもやホラー!と思いつつ観始めると、冒頭は結構コミカルです。コミカルどころか陽気に歌って踊ってます!大丈夫なのかこのホラー!? と心配させといてその後じわじわとホラーっぽく責めて来ます。

主人公たちはとある幽霊屋敷に肝試しに入るんですが、ずっとこの幽霊屋敷で物語が展開するのか?と思わせといてそこはあっさり退散するんですね。本当の恐怖はその後主人公たちが部屋でダラダラし始めるあたりから始まります。彼らは悪霊に部屋に閉じ込められ、あらゆる恐怖を体験させられるのですよ。

この密室となった部屋で悪霊からあの手この手の嫌がらせを受ける、という展開はホラー映画『TATARI』『死霊のはらわた』を彷彿させていました。ゴア表現はまるでないんですが、低予算ながらあれこれ工夫してショッカーを生み出そうとしている点ではやはり実に『死霊のはらわた』ぽいんですよね。

面白かったのは人体発火のシーンで、普通なら「超常的な力が働いた」だけで済ますところを、妙に筋道立ててなぜ発火したかを見せるんですよ。勢いだけで作っているのかと思ったら変な所で理屈っぽいんですよね。それとホラーマニアの主人公たちがジャパニーズホラー作品『呪怨』をメッチャ推していて、そこもなんだか可笑しかった。

 

インド/タミルのSF映画『今日・昨日・明日/ INDRU NETRU NAALAI 』を観た

今日・昨日・明日/ INDRU NETRU NAALAI (監督:R・ラヴィ・クマール)

f:id:globalhead:20170929140519j:plain

<あらすじ>恋人との交際がうまくいかず、意気消沈する無職の青年イランゴーは、占い師の親友プリヴェッティに慰められていた。そんな2人の目の前に、ある日忽然と姿を現した青く輝く謎の機械。それは何と未来の科学者が2015年に送り込んだタイムマシーン。2人はタイムトラベルを使ったある商売を思いつき、それが大成功する。ところが彼らの「過去」での行動が、世間を恐怖に陥れている極悪人・コランデヴェールにかかわる、ある大問題を引き起こしてしまうことになる。出演:ヴィシュヌ・ヴィシャール、ミア・ジョージ、カルナーカラン
(2015年/ タミル語 / 139分)

インド映画ってびっくりするほどSF映画が少なくてちょっと不満だったんですが、この映画がSF作品だと知って、一人のSFファンとしては相当楽しみにしていたんですね。

物語はタイムマシンを巡って繰り広げられるドタバタとアクションが中心になります。ひょんなことからタイムマシンを発見してしまった主人公と友人ですが、その超科学の産物でなにをやるかと思ったら単なるお金儲け!せっかく過去にガンジー見に行ったんだからついでに暗殺阻止してやれよ主人公!

とはいえ、そんなみみっちさが可笑しさを生む物語なんです。まあねー、オレだってタイムマシンがあったら楽なお金儲けに走りますよ!しかしそんなコメディ要素たっぷりの物語が後半、「過去を変えてしまった」ことによるとんでもない事件へと発展してゆき、緊迫感漂うサスペンスアクションへと様変わりするんですね。

時間旅行テーマにつきものである「歴史改編のツケ」は、ここでは実にシンプルに分かり易く描かれており、ある意味相当敷居が低く作られています。この辺が自分には物足りなかったんですが、その分ロマンスや大悪党との戦いなどインド映画らしい要素がたっぷりつまった作品になっており、十分満足できました。

 

インド/タミルのホラー映画『マーヤー /MAYA』を観た

マーヤー /MAYA (監督:アシュウィン・サラヴァナン)

f:id:globalhead:20170929141015j:plain

<あらすじ>チェンナイの郊外にあるマーヤヴァナムの深い森。近寄る者もいないその森は、過去の陰惨な記憶を封じて静かにたたずんでいた。イラストレーターのヴァサントは、出入りしている雑誌社の編集者から、この森にまつわる怪談を聞かされ、信じはしないものの興味を惹かれる。同じころ、女優志望のシングルマザー、アプサラは、女性が主役のとある映画のオーディションを受ける。彼女には、その作品がマーヤヴァナムにまつわるものだとは知る由もなかった。出演:ナヤンターラー、アーリ、ラクシュミ・プリヤー、マイム・ゴーピ
(2015年/ タミル語 / 142分)

 タミルのホラー映画です。初っ端から「過去精神病院で起こったおぞましい事件」の話やら心霊写真やらが描かれ、「ま、順当なホラーかな」と余裕で観てたんですが、なぜかモノクロ画面とカラー画面の二つで別々の物語が進行していることに気付き始めると、この構成が物語をいったいどこへ向かわせているのか段々気になってくるんですよ。

そしてこのトリッキーな構成の意味がクライマックスで明らかにされた時に、この作品のクオリティの高さを思い知らされた感じですね。欧米のホラー作品みたいに目を覆うような残酷さや肉体破壊があるわけではないんですが、それを補って余りあるしっかりとしたシナリオなんですよ。それはただホラー演出に終始するだけではなく、人の悲しい運命やその絆をエモーショナルに描き出そうとしていて、ここにこそこの物語の真骨頂があると思いました。

舞台となる南インドの暗い森は、これもまた欧米ホラーの寒々とした雰囲気とはまた違うねっとりと湿った熱を帯びた暗さで、この「闇の持つ熱量」が何かがそこに蠢いているような独特の薄気味の悪さを醸し出してるんですね。このダーク・ファンタジー的な要素もまたこの作品を見せるものにしていました。

 

ノイズにまつわる7つの物語~アンソロジー映画『始まりは音から~インド詩七篇~』

■始まりは音から~インド詩七篇~ (原題:SHOR SE SHURUAAT)(監督:ラーフル・V・チッテラー、アミーラー・バルガヴァ他 2016年インド映画)

f:id:globalhead:20170924104814j:plain

目次 》

「ノイズ」をテーマとした7編のインド短編作品アンソロジー

映画『始まりは音から~インド詩七篇~』は「ノイズ」をテーマにした7つの短編作品が集められたインド映画アンソロジーだ。

これらの作品はインドの短編映画専門のYoutubeチャンネル「Humaramovie」が母体となっているのらしい。このチャンネルにおいて評価の高い映画製作者たちを一堂に会し、同じテーマに基づいた7編の作品を集めて1つの劇場公開作品としてまとめたものがこの『始まりは音から~インド詩七篇~』となる。

「ノイズ」というたった一つの単語からどれだけの想像力を膨らませどんな物語が紡ぎ出されるのか?が見所となり、7人の監督たちがそれぞれ「ノイズ」という言葉にどんな解釈を施したのかを見比べるのが面白いアンソロジーだ。その料理の仕方は千差万別で、シリアスな社会派作品からコメディ、SF、ラブストーリーとまさに十人十色ならぬ七人七色。さてこんなレインボーカラーなアンソロジーの中で最も優れていたのはどの作品だろうか。順番に紹介してみよう。

1.『アーザード~自由~(Azaad)』監督:ラーフル・V・チッテラー

あるジャーナリストの失踪とその家族の葛藤を描くこの作品はまさにシリアスな社会派作品であり、ドキュメンタリータッチのその物語はインド社会の持つ陰鬱な一面を炙り出す。けれどもガチガチに社会派なのではなく、深い詩情と家族の愛が胸を打つ一編となっている。アンソロジー中屈指の名作であり、インド短編映画界が何を目指しているのかを伺い知れるだけでもアンソロジーそれ自体の成功を約束したような作品だ。主演はアトゥル・クルカルニ、最近では『Raees』、『Akira』の出演が記憶に新しいインド映画名脇役であり、彼による迫真の演技はいつまでも記憶に残ることだろう。

f:id:globalhead:20170924142634j:plain

2.『アーメル (Aamer)』監督:アミーラー・バルガヴァ

スラムに住む貧しい花売りの少年は聴覚障碍者だった。そんな息子の為に母は補聴器を買い与えるが……というこの物語、あたかも『サラーム・ボンベイ!』を彷彿させる作品だが、聴覚障碍者にとって「ノイズ」とは何か?を描こうとした部分が面白い。貧しさの中で逞しく生きる少年の描写は清々しいけれども、基本的にワン・アイディア作品なので物語に膨らみが足りなかった部分がちと残念。

3.『デシベル(Decibel)』監督:アニー・ザイディ

睡眠障害を持つ女性が睡眠障害者支援センターで安らかな眠りを手に入れようと四苦八苦する。コメディ・タッチで描かれるこの作品は物語が進むにつれなんとSF作品だったことに吃驚させられた!インド映画って実はSF作品が殆ど無くて、一人のSF映画ファンとしては多少薄味ではあるがこんな作品の存在を知ることだけでも嬉しかった。それにしてもインド映画ってどうしてこんなにSF作品が少ないの?

4.『もしもし?(Hell O Hello Can you hear me?)』監督:プラティック・ラジェン・コサリ

あの手この手でモバイル端末を売ろうとするライバルセールスマン同士のドタバタをシニカルに描くコメディ作品。もはや宣伝合戦それ自体が「ノイズ」ってことなんだろうか。原題『Hell O Hello Can you hear me?』は「地獄よ、こんにちは聞こえますか?」といった意味になるが、苛烈化した資本主義の地獄を面白おかしく描こうとしたのがこの作品の趣旨なのだろう。それにしてもインド映画を観て思うのは、インドの皆さんバスの中だろうが仕事中だろうがまるで遠慮なくガンガンにケータイ掛けまくってるなあ、という事だな。

5.『黄色い糸電話(Yellow Tin Can Telephone)』監督:アルニマ・シャルマ

聴覚過敏でいつもヘッドホンをしている女の子と、色彩に過剰に共感覚を覚えてしまうがためにいつもサングラスをしている少年とのちょっと風変わりなボーイミーツガール物語。設定は相当非現実的ではあるが、だからこそファンタジックな味わいが物語に横溢しており、監督の多大な意気込みを感じた。所々ではストップモーションアニメも併用され、そのポップな雰囲気はインドのミシェル・ゴンドリーを目指しているんじゃないのか監督!?とちょっと思ってしまった。とはいえミシェル・ゴンドリーにしてはまだまだ薄味だし拙い部分も多々あるけれども、これからは思う存分やりたいことをやってくださいよ!と応援したくなってしまった作品であった。

6.『音(Dhvani)』監督:サップリヤ・シャルマ

死刑執行が間近に迫る死刑囚が看守に望んだ「たった一つのこと」とは?『アーザード~自由~』と並びシリアスな作品だが、この作品が目指したのは社会派的な問題作ではなく「罪を犯し死を目前とした男の生きる事の根源にあるものとは何か?」という非常に内省的なものだった。そしてそこに「ノイズ」がどう絡められていくのかが見所となる。インド映画の名バイプレイヤーであるサンジャイ・ミシュラー(最近作だけでも『Jolly LLB 2』『Baaghi』『Dilwale』『Kick』『Ankhon Dekhi』ときりがないほど)の演技が光る逸品だ。

f:id:globalhead:20170924142713j:plain

7. 『私はミア(MIA)』監督:サテーシュ・ラジ・カシラディ

頭を坊主に丸めたその少女は陰鬱な表情を浮かべながらたった一人の世界に閉じこもっていた。彼女はボーイフレンドに二人の行為をYouTubeに公開されてしまったのだ。少女の苦悩に満ちた心象をあまりにも痛々しく描くこの作品は、後半一転、魂の吐露とその発露の様を素晴らしい疾走感と共に画面に焼き付けてゆくのだ。世界に否定された彼女はそのギリギリの生の中から遂に世界へNO!という言葉を叩き付ける。自らを責め苛むノイズを自らがノイズとなってぶち壊してゆく、これはもうロックそのものとしか言いようがないお話じゃないか。『始まりは音から~インド詩七篇~』7作品を締めくくる良作だった。

まとめとして

アンソロジー『始まりは音から~インド詩七篇~』は様々なジャンルの作品が並び、その完成度はまちまちの部分もあるが、インドの映画界にどのような才能が眠っているのかを確かめることができる試金石のような作品として完成していた。また、インディペンデントなそれらの作風には通常目にするインド娯楽作とは違うインドの人々の生々しい生活や感情吐露が盛り込まれていた。

この作品は「インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2017」の作品の一つとして日本公開が決定しているが、山ある娯楽作問題作の中でこのようなインディペンデント作品もまた公開されることは、「インドと日本それぞれの社会的文化的背景をもった映画をより多くの人々に鑑賞してもらう」というIFFJの開催趣旨に最も則ったことであるように思う。

ぶっちゃけこんな作品ばかりだとお客さんも呼べないだろうが、しかしたった1作でもあるということがIFFJの意義でもあるんじゃないかな(←偉そうな発言してしまいましたスイマセン)。というわけで『始まりは音から~インド詩七篇~』、インド映画に興味のある人はみんな観ようよ!とまでは言わないけど、娯楽作だけではないインド映画を観てみたい人には割といいんじゃないかな。

『始まりは音から~インド詩七篇~』予告編

www.youtube.com

 

映画『サルカール3』はインドの『アウトレイジ』だったッ!?

■サルカール3 (原題:SARKAR 3)(監督:ラーム・ゴーパル・ヴァルマー 2017年インド映画)

f:id:globalhead:20170917200524j:plain

政治の裏側でドロドロと蠢く魑魅魍魎たちが互いに貪り合う様を描いた政治犯罪スリラー映画『Sarkar 3』でございます。

この映画、なんといってもみんな怖い顔をしている!主演となるアミターブ・バッチャン爺をはじめ、出演者であるジャッキー・シュロフ、マノージュ・バージパーイー、アミト・サード、ヤミー・ガウタムと、揃いも揃って悪人顔だッ!?ついでに書くと監督のラーム・ゴーパル・ヴァルマーまで怖い顔してるぞッ!?

というわけでここで唐突にラーム・ゴーパル・ヴァルマー監督の【オヤジ評価】をしてみたいと思います!

f:id:globalhead:20170917202623j:plain

ラーム・ゴーパル・ヴァルマー(Ram Gopal Varma)1962年4月7日ハイデラバード生まれ(55歳)。主な監督作:『Shiva』(1990)『Rangeela』(1995)『Daud』(1997)『Darling』(2007)

【オヤジ評価】ウホッいいオヤジ。黒いです。太いです。固いです。油多めでこってりです。政治スリラーをよく撮っているということですから、その辺も一家言持っててうるさそうです。飲み屋でOL相手に延々政治談議を仕掛けてきて煙たがられそうなオヤジです。おまけにサウスの生まれとくればその濃さになおさら拍車が掛かるというもの。こんなラーム・ゴーパル・ヴァルマー監督には【二郎インスパイア系インド映画監督】の称号を与えたいと思います!

オヤジ度 ★★★★★

油ギッシュ度 ★★★★★

侘び寂び度 ★★★

 さて冗談はさておき、この『Sarkar 3』、『3』っていうぐらいですからシリーズの3作目です。オレは1,2作目は見ていませんが、どれもこの『3』と一緒で政治スリラー映画らしいんですね。

1作目『Sarkar』は2005年に公開され、アビシェーク・バッチャン、ケイ・ケイ・メノン、カトリーナ・カイフ、アヌパム・ケールなんかが出演していたらしいですな。2作目『Sarkar Raj』は2008年公開で、なんとアイシュワリヤー・ラーイの新規参入がありました。そう、アミターブ爺、アビシェーク、アイシュワリヤーという親父と息子とその嫁の共演という訳だったのですよ!

そして今回の『Sarkar』の3作目ですが、アビシェークとアイシュワリヤーは出演していません。出演してませんが、映画観ているとアビシェークのモノクロ写真が組事務所に飾ってあるんですね(↓アミターブ爺の後ろに心霊写真みたいに写っている、なんかイラッとする表情を浮かべてる顔がアビシェーク)。

f:id:globalhead:20170917210817j:plain

どうやらアビシェーク、前作で死んじゃったみたいです(ネタバレ)。

ええっと冗談ばかりで全然レヴューが始まらないんですが、そろそろ本気出しましょう(いやそもそもオレのインド映画レヴューに今まで本気なんかあったのか?)。そういえば今作、今年も開催される「インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン IFFJ2017」で『サルカール3』のタイトルで公開されるので、HPから粗筋をコピペしておきましょう(明らかな手抜き)。

ムンバイの影の権力者サルカール。年老い孤独になった彼が見るものは?
二人の息子を亡くし年老いたサルカール。だが影の権力者としての実力は揺るがなかった。そんなとき彼の孫が「仕事」に加わろうとするが。アミターブ・バッチャン主演でムンバイのリアルを描く人気シリーズ第3弾。
ジャンル: クライムサスペンス
ココに注目!① : ムンバイマフィア
ココに注目!② : 下剋上の人間模様
ココに注目!③ : 濃厚な世界観

大雑把に言うなら、というか大雑把にしか理解してないのが正直な所なんですが、いわゆる政治を陰で操る連中が覇権を巡って虚々実々の抗争を繰り広げるというお話なんですな。陰謀・欺瞞・裏切り・共謀・密偵・暗殺・破壊活動と、ひたすら暗くおどろおどろしい闇社会の駆け引きが描かれてゆくのですよ。

物語ではムンバイの政治の実権を握るサルカール(アミターブ爺)の一派と、ゴーヴィンド(マノージュ・バージパーイー)率いる野党一派が激しく対立しています。このゴーヴィンド一派はドバイに拠点を置く謎のフィクサー、ヴァルヤー(ジャッキー・シュロフ)が陰で糸を操っています。そんなある日、サルカールの孫シヴァージ(アミト・サード)がサルカールに「仕事」を手伝わせてくれと申し出ますが、このシヴァージ、何か腹に一物持っているような男でした。

さて「暗くおどろおどろしい闇社会の駆け引き」とは書きましたが、作品自体は実の所かなり地味な仕上がりです。物語の殆どにおいてサルカールの組事務所でサルカールとその手下たちが椅子に座ったり突っ立ったままでなにやらボソボソと陰謀を呟いているシーンばかりだからです。それ以外はヴァルヤーがドバイの高級マンションプールでスケベそうなチャンネーとイチャイチャしているシーンです。時たま襲撃や銃撃戦も描かれますが、映画全体に動きがまるで無くて、会話だけで物語が進行してゆくんですよ。

それを補おうとしたのか、なんだか作ったようなアングルが多用されちょっと可笑しかったりします。もっと可笑しかったのは、重々しさを出そうとしたのか全編に渡って「どろろどろろどろろん」と暗くて深刻ぶった音楽が被さり、「ウオォウオォ」と低い男性コーラスが挿入され、ここぞというシーンでは「ごーびんだ!ごーびんだ!ごーびんだ!」というインドに暗いオレには意味の分からない歌が繰り返されるんですね。いやなにもそんなに煽んなくとも……。

しかし深刻ぶっているからといってこちらも深刻に観なきゃならない義理も無いですから、オレなんかは「あーこれ要するにインドの『アウトレイジ』な訳ね、ヤクザシリーズだし」と相当気を抜いて観てしまいました。まあアミターブ爺がビートたけしみたいに「テメー馬鹿野郎この野郎!」と怒鳴ったりはしませんけどね(正確には『ゴッドファーザー』を元にした映画なのだそうですが、『アウトレイジ』新作公開間近なので波に乗ってみました)。

映画全体としてはどうもパッツンパッツンに肩に力が入り過ぎているように思えたし、アミターブ爺のカリスマ性で成り立っている部分の多い作品なんですよね。とはいえ実は後半、意外などんでん返しがあってびっくりさせられた。このクライマックスで物語がシャキッと締まるんですよ。そういった点で言えば、割と悪く無い作品かもよ。……ところで「ごーびんだ」の歌ってあれなんなの?


Sarkar 3 | Official Trailer | Amitabh Bachchan, Yami Gautam, Manoj Bajpayee & Jackie Sharoff