インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

僕らはもう負け犬なんかじゃない / 映画『きっと、またあえる』

■きっと、またあえる (監督:ニテーシュ・ティワーリー 2019年インド映画)

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■人生にとって本当に大事なもの

「人生にとって本当に大事なものってなんなのだろう」。あるショッキングな事件に見舞われた別居中の夫婦の元に、二人の学生時代の友人たちが集まります。楽しかったこと、悔しかったこと、彼らは学生時代の様々なエピソードを振り返りながら、この今、失くしてしまったものをもう一度手に入れようとするのです。インド映画『きっと、またあえる』は過去と現在を行き来しながら、笑いと涙の一大ロマンを描く作品です。監督は『ダンガル きっと、つよくなる』で世界的大ヒットを飛ばしたニテーシュ・ティワーリー。主演は『pk』のスシャント・シン・ラージプート、『サーホー』のシュラッダー・カプール

【物語】アニ(スシャント・シン・ラージプート)は妻マヤ(シュラッダー・カプール)と現在別居中、息子のラーガヴ(ムハンマド・サマド)を引き取り父子二人きりで生活していました。しかしそのラーガヴが生死にかかわる怪我で病院に担ぎ込まれ、アニの心は千々に乱れます。アニはラーガヴに生きる気力を与えるため、妻マヤと共に、懐かしい大学時代の旧友たちを呼び寄せます。そして彼らはラーガヴに輝きに満ちた青春時代の思い出を語り始めるのです。そこは1992年のボンベイ工科大学。エリートばかりのはずのその大学に、「負け犬」と呼ばれた連中がいたのでした。

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■現在と過去の二つの時間軸

物語は、現在と過去の二つの時間軸を行き来しながら描かれてゆきます。それは、エリートコースの人生を生き、悠々自適の生活を送っていたはずなのに、愛し合っていた妻とは別居し、息子にも思いやりのある父として接してあげられず、悔恨の中に沈む主人公アニの現在。そして、夢と希望を抱いて難関大学に入学し、変り者ながら気さくな連中と友情を育み、校内一の美女に心ときめかせていた学生時代の過去のアニです。お気楽な学生生活を送っていたアニと友人たちでしたが、彼らは校内で「負け犬」と呼ばれていました。それは、彼らが寮対抗で行われる競技大会で万年ビリッケツだったからでした。

まずこの、二つの時間軸を行き来しながら描かれる展開が非常に巧みであり、そしてスムースであることに驚かされる物語です。アニは病床のラーガヴに青春時代の物語を語りますが、そこで登場人物が一人増えるたびに、その本人が現在の姿で病床に現れ、青春時代の姿とオッサンになった現在の姿のギャップでいちいち笑わせてくれるんです(全然変わんないヤツもいるけどそれはそれでまた可笑しい)。でも彼らが一人また一人と現れるその様子は、なんだか『七人の侍』で猛者たちが一人一人登場してくるみたいで、とてもワクワクさせられるんですよ!

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■手に汗握る(そして笑わせる)ゼネラル・チャンピオンシップ

大学時代の彼らの楽しくお気楽な毎日は、いかにも青春ドラマしていて非常に和ませ、また笑わせます。あまりに下らないバカばっかりやっているもんですから、「名門大学の学生のくせしていったいいつ勉強してんだよ!」と突っ込みたくなるほどです。物語は彼らが寄宿する大学寮を中心として描かれますが、ここで思い出すのは同じく名門大学寮を舞台にしたインド映画の大名作『きっと、うまくいく』でしょう。しかし一見似通って見えるこの二つの作品は、『きっと、うまくいく』がランチョーという名の謎めいたカリスマの本質に迫る物語であったのに対し、『きっと、またあえる』ではイーブンな関係にある者同士の気の置けない友情ぶりが描かれてゆくことになるんです。

物語の核心となるのは寮対抗の競技大会、ゼネラル・チャンピオンシップです。「負け犬」とそしられる主人公たちが、この汚名をどう返上しチャンピオンと返り咲くことが出来るのかが描かれるんです。ここからは重いコンダラを曳く主人公たちのスポコン展開が……と思っていたら、おーいなんじゃその作戦はーーッ!?とズッコケさせられまくること必至です。ここからは笑いも加速し、同時にラストスパートへの緊張感もいや増してゆくんです。オチャラケも交えながらここまで緊張感を高められたのは、『ダンガル きっと、つよくなる』において手に汗握るレスリング試合の攻防を描いたニテーシュ・ティワーリー監督ならではの手腕でしょう。試合の駆け引きの巧みな描写と併せ、緩急自在な物語の駆け引きにも巧みなものを感じました。

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■”負け犬”たちの再生の物語

エリート校に入学し将来を約束された主人公らが、たかだか寮対抗試合ごときで「負け犬」だなどと気に病み憤慨するのはお門違いかもしれません。しかし、人にはそれぞれの「生きてゆく場所」があり、その定められた場所で「どう生きてゆくか」を選択してゆくしかないのだと思います。そしてその「どう生きてゆくか」がその場所で生きる人間の価値を左右するのではないでしょうか。エリートでありながら家庭の瓦解したアニは「どう生きてゆくか」を見失っていたのだと思います。あまつさえ、息子にすら「どう生きてゆくか」を伝える事ができませんでした。しかし物語ラストにおいて、過去と現在両方にその再生と赦免が描かれることになるのです。これは驚くべきシナリオ構成と言えるでしょう。

こうして物語は過去から現在に連綿として続く篤い友情を描きながら、その友情の物語を通して病床のラーガヴに生きることの大切さ、生きることの楽しさを伝えてゆくんです。それは同時に、エリートコースの中でアニが忘れかけていた、人生において本当に大事なものを思い出させる物語でもあったのでした。次々と語られるエピソードはどれもたおやかなほどに繊細かつエモーショナルであり、あるいは突拍子もない程とぼけていて、憎たらしくなるぐらい盛り上げ方と泣かせ方が巧みです。観ている間中、あたかも温かく心地よい感情の波のまにまを漂っているかのように心が豊かな気持ちになってゆく作品でした。この瑞々しい情感の在り方は、ある意味インド映画ならではなのではないでしょうか。映画『きっと、またあえる』は、長く記憶に残り語られ続けるだろう作品であることは間違いないでしょう。


映画『きっと、またあえる』予告編 

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