インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

インドの前近代、近代、現代を内包する物語~映画『Dangal』

■Dangal (監督:ニテーシュ・ティワーリー  2016年インド映画)

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《目次》

 歴代ボリウッド映画興行成績を塗り替えた大ヒット作『Dangal』

インドのスポーツ映画はガチである。傑作が多いのだ。最近IFFJで公開された『M.S.ドーニー ~語られざる物語~』(クリケット)もよかったが、思い出すだけでも『ラガーン』(クリケット)『ミルカ』(長距離マラソン)『Chak De! India』(女子フィールドホッケー)『Brothers』(プロボクシング)と数限りない。そもそもスポーツをやりもしなければ観もしないオレが「インドのスポーツ映画面白い」と言っているのだからこれはもう映画としてのクオリティが高いからとしか言いようがない。

そんなインド・スポーツ映画の新たなる傑作がこの『Dangal』である。2016年暮れにインドで公開され、歴代ボリウッド映画興行成績を塗り替える大ヒットを飛ばし、さらに世界各国でもとんでもなくヒットしているという(でも日本公開がされないのは何故?)。主演が『きっと、うまくいく』『チェイス!』『pk』のアーミル・カーンとなればこれまた期待値は嫌でも高まるというもの。

その内容はというと、レスリング競技を巡る父と子の物語だ。これは実在するレスリング選手マハヴィール・シン・フォガートとその娘たちとのサクセスストーリーを題材にしているのらしい。そう、レスリングをするのは女性なのである。

娘に修羅の道を歩ませる父

舞台となるのは北インドハリヤーナー州。かつてレスリングチャンピオンを目指しながら遂に果たせなかった男マハヴィール(アーミル・カーン)は、自らの夢を継ぐ男児の誕生を渇望していたが、生まれて来る子供はどれも女児ばかりだった。しかしある日、成長した娘たちが男の子をぶちのめしたことを知ったマハヴィールは二人の娘にレスリングをやらせることを思いつく。嫌がる娘たちにスパルタ的ともいえる特訓を課し、そして遂に長女ギーター(ザイラー・ワーシム)は世界大会に出場できるほどの実力を兼ね備えるまでになる。しかしナショナルチームのコーチにとってマハヴィールのこれまでの訓練は時代遅れのものでしかなかった。

女子レスリングというとサルマーン・カーンが主演した『スルターン』があり、こちらは女子レスリングはあくまでサブテーマではあったけれども、それでも題材が被っているように思えて、大ヒットしたとは知りつつこの『Dangal』を観るのに結構二の足を踏んでいた。『スルターン』は個人的にもとても好きな作品だし、いくらアーミル・カーン主演とはいえ、期待が高すぎてがっかりしたくない、という不安があったのだ。世界的大ヒットという話題も、観るのに身構えてしまった理由だった。

しかし観終ってみると、『スルターン』とは別個のアプローチで女子レスリングを描いた作品であり、また外連味たっぷりの、そしていかにもサルマーン兄ィ出演作といった大衆娯楽作『スルターン』と比べると、実に正攻法のスポーツドラマとして完成していたと思う。そしてやはり、評判通り、目くるめくほどに面白い傑作であった。しかしこの作品を一般的に傑作たらめている要素、封建的な父親とその娘との葛藤と和睦、そして当然スポーツドラマとしての高揚感は確かに一般向けするものであると認めつつ、ここではもう少し違う観点でこの『Dangal』のことを考えてみたい。

インドの前近代、近代、現代を内包する物語

まずこの作品に底流するのはインドの前近代~近代~現代の流れのように思えたのだ。「自らの跡取りとして男児出生を希望する父親」というのは現実でもインドで問題になっていることだが、そういった封建的、あるいは「前近代的な存在」としての父マハヴィールがまず登場する。その生まれた娘に望みもしないのにレスリング訓練を強要することもまた前近代的な行為だ。

しかしここであるエピソードが挟まれる。それは長女ギーターと二女バビターの友達で、14歳で結婚させられることになるある少女の話だ。少女の結婚、というのもインドの前近代性だ。しかしこの少女はギーターとバビターに、「単なる女中扱いで結婚させられる自分と比べるなら、あなたたちの父はまだあなたたちを人間扱いしている」と告げるのだ。

確かに、望まぬこととはいえギーターとバビターへのレスリング特訓は、はからずして女性でありながら自らの道を切り開く切っ掛けとなるものと考えることもできるのだ。勿論それはマハヴィールの独善的な強要ではあったが、結果的に女性に道すらも無い世界に道を敷いたのである。ここで「父の敷いた道」を「自らの進む道」と認識したギーターとバビターは、父の過酷な特訓を受け入れるようになるのだ。ここには前近代から一歩進んだ近代性が孕まれているのだ。

さてナショナルリーグチームに編入されたギーターは、ここで科学的で合理的なメソッドに基づくトレーニング法を学び、同時に父のトレーニング法が時代遅れのものであることを知る。科学性と合理性を学び知る事、これは即ち「現代」性である。それにより、ギーターは「父親」という「近代」を克服するのである。多少その存在が弱まっているとはいえ、「絶対的な父親」像が未だ残るインドにおいて、「父親の克服」というのは実に現代的なテーマであるように思う。

合理性と人間の情

しかし、「現代的」なスポーツ科学の適用があるにもかかわらず、ギーターの成績は伸び悩む。そしてここで父親のアドバイスが復活する、というのがこの『Dangal』の流れとなる。つまり現代から前時代に揺れ戻ってしまうのである。揺れ戻ったその「前時代性」とは何か。それは父親との「愛」であり「信頼」である。スポーツ科学やスポ―ツ心理学ではその辺もケアしているような気もするのだが、物語ではここで「スポーツ協会への不信」という形でうまく説明されている。

こういった形で、『Dangal』の物語は「前近代~近代~現代」といったインドの精神史の中を揺れ動いてゆく。これは広大な国土と膨大な国民数、さらに悠久から続く歴史性により同時代に前近代〜現代まで内包しているインドならではのドラマ性だと思う。歴史はインドに現代的であれ、そして科学的で合理的であれ、と鼓舞するだろう。しかし人の心とはそう簡単に合理性のみに馴染むものではない。『Dangal』の物語はその中に差し込む「人間の情」についての物語だ。それは新しくも古くも無くあくまで普遍のものであるかのように。しかしその未来に何があるのかは、これはまた別の話なのだろう。

『Dangal』予告編


Dangal | Official Trailer | Aamir Khan | In Cinemas Dec 23, 2016

参考記事

映画『Spyder』は『ダークナイト』へのテルグ映画界からの返答か?

■Spyder (監督:A.R.ムルガードース 2017年インド映画)

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「インド映画上映会レポート」、最後になるのはテルグ語映画『Spyder』。 監督は『Ghajini』(2008)『Holiday: A Soldier Is Never Off Duty』(2014)『Akira』(2016)のA.R.ムルガードース。……というかそれ以外の人、全く知りません。南インド映画殆ど知らないんです。そもそもA.R.ムルガードース監督自身タミル出身で、フィルモグラフィの多くはタミル・テルグ語映画を手掛けており、3作あるヒンディー語作品にしても自身の作品も含むタミル語映画のリメイク作だったりするんですね。

さて映画『Spyder』、「蜘蛛の話なのか?スパイダーマン的な何かなのか?主人公がヒーローに変身してあれやこれやする痛快特撮インド映画なのか?」と最初勝手に思ってたんですが、よく見りゃタイトル『Spider』じゃなくて『Spyder』なんですね、こりゃ迂闊でした。じゃあ蜘蛛じゃなくてなんだ、というとそれは「スパイだー!」ということらしいんですね!(←特に何も考えていない発言)

物語の主人公の名はシヴァ(マヘーシュ・バーブ)、秘密情報局に勤める彼は昼夜電話通信を監視し、その中で危機的状況にある者を見つけ出して極秘に手を差し伸べていたんですね。しかしそんな中、折角助けたはずの女の子が殺されていることを知ってしまう。シヴァは捜査の中で、「肉親が死んだことを悲しむ者を見るのが快楽」という異常者、バイラヴドゥ(S・J・スーリヤ)の存在を発見するんです。おぞましい犯行を繰り返すバイラヴドゥを追うシヴァでしたが、神出鬼没のバイラヴドゥはなかなか捕まりせん。そしてバイラヴドゥはさらに強大な破壊工作へと乗り出すのです。

主人公シヴァがどんな具合に「スパイだー!」なのかというと、要するに犯罪防止の為に市民生活をスパイしていたということなんですね。いわゆるNSAアメリカ国家安全保障局)の通信傍受システム・エシュロンみたいなことを一人でやってるわけです。言ってみりゃあ非合法の盗聴活動ということになってしまいますが、シヴァはあくまで市民生活を守るために「神の見えざる手」として働いているということになってるんですね。

とはいえ、お気に入りの女の子を見つけたシヴァが情報解析して彼女の行動を逐一追跡しそれを利用して口説きに入るとかって相当公私混同してませんか!?公私混同以前にやってることストーカーだし!?インド映画の口説き手法がストーカーしまくって相手に根負けさせるとかもうそろそろ止めましょうよ!?まあ、テクノロジーは諸刃の剣、使い方によって善にも悪にもなると言っているのでしょうか(違)。

物語はこのシヴァとサイコパス犯罪者バイラヴドゥとのコンピューター・インターフェース上での大追跡劇、さらには拳と拳のぶつかり合う大活劇へと発展してゆきます。登場するGUIは実にSFチックで、どんなプログラム走ってるんだか分かんないけど高度な情報戦が展開されるハイテク・スリラーとしての面白さも兼ね備えているという訳なんですよ。全体的に荒っぽい脚本ながら次から次へと煽情的なスペクタクルを繰り出し、そこに生々しいバイオレンスを炸裂させる手腕は流石『Ghajini』『Holiday』のA.R.ムルガドース監督作品だと思わされました。

ところでこの作品、ハリウッド映画『ダークナイト』ないしはノーラン版バットマンのモチーフが散見するように思えたんですよ。何の利益にもならないのに人の不幸を嘲笑うためだけに残忍な犯行を繰り返す狂人バイラヴドゥは当然ジョーカーでしょう。彼はジョーカーと同じく、同情の余地の全くない「絶対悪」として登場するんですよ。彼が人々を焚きつけてその悪意を引き出そうとするシーンなどは、『ダークナイト』の「爆薬フェリー」のエピソードに対比しているんじゃないでしょうか。

監視機構vs犯罪者の戦いといった構図は『ダークナイト』でゴッサム・シティ監視装置を使ってジョーカーを炙り出そうとするバットマンを思わせます。また、クライマックスのシーンもバットマンとジョーカーが対峙するあるシーンと似ているように見えた。後半の大破壊行為は『ダークナイトライジング』のベインもちょっと混じってるかな。それと、頭陀袋に目と口の穴を開けたマスクが登場しますが、これは『バットマン・ビギンズ』のスケアクロウがモチーフで間違いないでしょう。

それに対してシヴァはバットマンということになりますが、「市民生活の非合法的な盗聴・監視」というグレイゾーンの職務を遂行する彼にはダークヒーローの匂いがします。ちょっとこじつけです。シヴァは『ダークナイト』におけるバットマンのように善悪の彼岸で葛藤したりしないし悪党でも迷わず殺しますが、「正義」それ自体に強烈な憤怒を帯びているようにも見えます。バットマンとジョーカーが実はコインの裏表の存在同士だったように、シヴァとバイラヴドゥもやはりコインの裏表の存在だったんじゃないでしょうか。


SPYDER Telugu Trailer | Mahesh Babu | A R Murugadoss | SJ Suriya | Rakul Preet | Harris Jayaraj 

 

お化けが出てきて大わらわ!~映画『Golmaal Again』

■Golmaal Again (監督:ローヒト・シェッティ 2017年インド映画)

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「インド映画上映会」2回目、ヴィジャイの次はアジャイの登場です。そう、『Singham』(2011)、『Singham Returns』(2014)の暴れ者俳優アジャイ・デーヴガンの主演作です。監督は先の『Singham』『Singham Returns』の他『チェンナイ・エクスプレス~愛と勇気のヒーロー参上~』(2013)『勇者は再び巡り会う』(2015)を撮ったローヒト・シェッティー。いやーこの監督意外と好きなんですよ。共演は『Haider』 (2014) 『Jai Ho』(2014)『Drishyam』 (2015) のタッブー、そして最近IFFJで公開された『僕の可愛いビンドゥ』(2017)のパリニーティ・チョープラー。

さてこの『Golmaal Again』、『Golmaal: Fun Unlimited』(2006) 『Golmaal Returns』(2008) 『Golmaal 3』(2010)と続いた「Golmaalシリーズ」の4作目となります。でもシリーズの他の作品って観てないんですよ。観てない、というか1作目『Golmaal』にはチャレンジしてみたんですが、あまりにつまんなくて観るの止めちゃったんですけどね!作品の出来不出来ではなくオレの字幕読解能力が低くて面白さが伝わらなかったんだと思います。シリーズとはいえ連続性が無くこの作品だけ観ても問題ないでしょう。

映画はあたかもカーニバルを思わせるような派手派手しく実の所無意味すぎるオープニングで幕を開けます。しかしこの無意味な派手派手しさがひたすら素晴らしい!そして南インド映画もかくやと思わせるアクション・シーン!いやあ『ダバング』を思い出すわ(感涙)!この「Golmaalシリーズ」、実は「お馬鹿コメディ」なんですが、「これからとてつもなくお馬鹿なお話が始まるよー!」と宣言しているみたいな楽しさで一杯なんですね。いいよねお馬鹿コメディ!インドのお馬鹿コメディというと『Housefull』シリーズや『Masti』シリーズなんてェのがありますが、もうホント馬鹿で下らなくておまけにお下劣で、オレの品性にぴったりフィットした良作だらけですね!

お話はというとアジャイ扮するゴーパルを始めとする5人のチンピラが主役となります(ちなみにタイトル『Golmaal』はこの5人の頭文字「Go(ゴーパル)」「L(ラッキー)」「Ma(マーダヴ)」「L(ラクシュマン1、2)」を繋げたものなのだとか)。で、彼らはそれぞれ孤児で、かつて生活していた孤児院に再び戻ってくるんですね。しかしその孤児院には幽霊が出現し、お化け嫌いのゴパールは大パニック!それと同時に孤児院には地上げ話が持ち上がっており、実は幽霊はそれに関わっているらしいのです。

「幽霊+お馬鹿コメディ」というと『Great Grand Masti』(2016)というとてつもなくお下劣なお馬鹿映画がありましたが、あちらが下ネタ中心ならこちらの『Golmaal Again』はもっとドリフ的なシンプルで分かり易いドタバタが展開しており、老若男女楽しめるセンスを持っていました。滅法喧嘩に強い強面男アジャイ・デーヴガンが「お化けコワイ!」と身も世もなく大騒ぎする様がとても可笑しくて、もうこの設定だけで成功したようなもの。というかアジャイさん、あんたの三白眼も十分怖いよ!

物語はこんなドタバタだけではなく、地上げにまつわる悪い奴らが背後に蠢いおり、単なるコメディで終わっていない部分が作品に膨らみを持たせているんですね。そしてこの「悪い奴」のナンバーワンを演じるのがなんとプラカーシュ・ラージ!そりゃまあ沢山の作品でワルモノ演じる彼ですけど、オレにとっては『ダバング』の大悪党でキマリです!オレこの人が悪党で出て来るだけで嬉しくなるもんなあ。実はそんなプラカーシュさんのダンスシーンもあってこれがまた見もの!その他作品には書き切れないぐらいのインド映画名脇役が登場するのでお得感満載ですね!

そしてタッブーとパリニーティ・チョープラーの出演もまた嬉しかったですね。タッブーは役割柄、堅い表情ばかりでしたが、それでもその存在感は与太者総出演の作品をピリッと引き締めていたように思います。そしてパリニーティ・チョープラー、この間『ビンドゥ』観たばかりなのにこんなに早く彼女に会えるなんて嬉しさもひとしおです。彼女の気の置けないキュートさもまた作品を大いに和やかにしていました。あーこの子もっとブレイクしてほしいなあ。

さてそんなお馬鹿コメディ『Golmaal Again』ですが、どうせお馬鹿映画なんだしと思って相当ダラーーンとしながら観ていた(あまりにもダラーーンとしすぎて字幕もろくに読んでいなかった)んですが、意外や意外!後半からの畳み掛けるような怒涛のストーリー展開がハートを鷲掴みです!併せてVFXにも結構力が入っており「お馬鹿」ではあっても決して安っぽい出来ではないのですよ。この作品は「今年のインド・コメディの試金石になる」みたいなことをポポッポーさんもおっしゃってましたが、大ヒットしてこれからのボリウッド大コメディ時代へと繋がればいいなあ、と一人のお馬鹿映画ファンとして思いましたよ。

南インドの祝祭空間~映画『Mersal』

■Mersal (監督 : アトリー 2017年インド映画) 

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最近行った「インド映画上映会」で観た映画の感想を今日から3回に渡って更新します。これはSpacebox Japanさんのところでシネコン等を借り切って企画上映している最新インド映画上映会の事で、ほぼ在日インド人向け、英語字幕のみの上映会になります。

まず一作目はタミル語映画『Mersal』。"タミル語映画"というのは大雑把に非ボリウッド南インド映画だと思ってください。

まずこの『Mersal』、南インドではカリスマ的な人気を誇るヴィジャイという俳優が主役です。南インド映画は全く不案内なオレですが、「もんの凄いカリスマ人気俳優」ということはビンビンに伝わってきます。なにしろTwitterで「『Mersal』観に行く」とツイートしただけで、どうやって知ったのか南インド系らしき方々から膨大なファボを貰ったぐらいだからです。このとんでもないファボ数からだけでも現地におけるビジェイの熱狂的な人気を伺い知れるというものです。

この『Mersal』はそのヴィジャイが一人3役を演じるという、もう映画のどこをどう切ってもビジェイビジェイビジェイとビジェイしか出ていない金太郎飴の塊みたいな作品なんですね!もうみんなカリスマスター・ヴィジャイ見た過ぎてたまんないんだと思います!ヴィジャイが演じるのはマジシャンと医者と村のレスラーですが、何故同じ顔なのかはインド映画なんで察してください。いわゆるダブルロールものの変形です。映画は時間軸を行き来しながらある「謎の男」とその男の「復讐の物語」を語ってゆきます。

で、なにしろ映画全体の熱量がモノ凄い。極彩色に彩られた歌と踊りのシーンの艶やかさ、ARラフマーンの伸びやかな音楽はもとより、登場人物たち誰もが激しい熱情を画面に叩き付け、全篇がどこまでもビビッドな表現で埋め尽くされているんです。これはもう映画を飛び越え一つの【祝祭】です。それはヴィジャイという一人のカリスマをひたすら崇拝する【祝祭】であり、南インド人であることの【誇り】を高らかに歌い上げる【祝祭】なのでしょう。

物語それ自体は南インド映画の王道的なモチーフで埋め尽くされています。それは「無敵のカリスマヒーロー!」「極悪非道の敵!」「スーパーバイオレンス!」「エグい残酷シーン!」「祝祭!」「復讐!」「無償の愛!」そして「社会正義!」といったものです。南インド映画に全く不案内なのにもかかわらず「王道的」と思えてしまうのは、かのラジニカーント映画やこれまで観た数少ない南インド映画もそんなモチーフで構成されているものが多かったからです。その程度の少ないサンプルから同じモチーフを特定できるのもやはりパターン化しているからなのかなと思うんです。

もちろんこれは「王道的」なのであってそうじゃない南インド映画も沢山あるのでしょう。どちらにしろ、一見様々な工夫を凝らしているように見えながら物語の流れそれ自体は既視感が強いんです。しかしだからこそ安心して観られるのでしょう。なぜならこれは【祝祭】であることが主たる映画であり、そして【祝祭】は誰もが知るように執り行われなければならないからです。同時にその【祝祭】は天にも届くほど高らかに執り行わなければなりません。映画を観ている間中終始、心と体を貫くように感じた高揚感は、この作品が非常に優れた祝祭空間を構築した作品であることの証なのだと思えました。南インド映画はやっぱスゲエなあ。


Mersal - Official Tamil Teaser | Vijay | A R Rahman | Atlee

『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』を観た

■メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」[原題:That's What It's All About: The Journey of Prem Ratan Dhan Payo] (監督:ヴィディ・カースリーワール 2016年インド映画)

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IFFJでドキュメンタリー『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』とインド映画ブロガー、ポポッポーさんのトークショー『ポポッポーのお気楽インド映画話』を観てきました。まずは『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』。

『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』は2015年にインドで公開され大ヒットを飛ばした映画『プレーム兄貴、お城へ行く(原題:Prem Ratan Dhan Payo)』のメイキングです。

物語は大雑把に言うと「ある理由から王子様と平民の男が入れ替わっちゃう!?」というもの。主演はインド映画界の大スター、サルマーン・カーンとソーナム・カプール。そして監督はスーラジ・バルジャーティヤ。煌びやかなインドの大宮殿とそこで繰り広げられる愛憎乱れる大スペクタクルが見所で、オレも大好きな映画です。

ちなみにこの『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』監督のヴィディ・カースリーワールは『プレーム兄貴、お城へ行く』監督のスーラジ・バルジャーティヤの姪御さんなんだとか。この方は実はLandmarc filmsのCEOで、今年のIFFJ公開作『幸せをつかむダイエット』のプロデューサーでもあるんです。

インド映画の製作現場は、インド映画DVDの特典などでたまに見かけますが、こうして字幕付きで1時間しっかり見せられるとなるとまた感慨もひとしおです。ましてや『プレーム兄貴、お城へ行く』ほどのビッグバジェット作品ともなると、非常に手間暇かけて作られており、驚かされることが大変多いんです。素晴らしい音楽、荘厳なセット、表現力豊かな俳優、心躍らせる物語、映画というものがどれほど総合芸術であるのかが伺い知れるというものです。そして、それらを作り上げる人々の映画がこの『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』というわけなのです。

併せて、サルマーン兄ィやソーナム・カプール様、そして監督スーラジ・バルジャーティヤのインタビュー・シーンなどを見るにつけ、「ああ、もう一度この映画観たい!」と思ってしまうこと請け合いです(しかし……Blu-ray持ってるんですがこないだ引っ越した時どこに仕舞ったのか分からない……)。サルマーン兄ィはいつものように頼もしいし、ソーナム・カプール様を映画館の大きな画面で観られるのは眼福この上ない!

そして、スーラジ監督が、なんだかとっても仕草の可愛いオヤジなんです!これ、2016年のIFFJ開催の時のオレの記事、『本日開催!インド映画祭IFFJ上映作品はこんな監督が撮っている! - メモリの藻屑 記憶領域のゴミ』におけるスーラジ監督の【オヤジ評価】にぴったり当てはまってるんですね!

■『プレーム兄貴、お城へ行く』監督:スーラジ・バルジャーティヤ


スーラジ・バルジャーティヤ(Sooraj Barjatya)1964年2月22日ボンベイ生まれ(52歳)
主な監督作:『Maine Pyar Kiya』(1989)、『Hum Aapke Hain Koun..!』(1994)
【オヤジ評価】いい具合のハゲ、いい具合のヒゲ。肌はツヤツヤととしてなかなかに健康そうなオヤジです。きっと性格もまったりと穏やかな方なのではないでしょうか。スーラジ・バルジャーティヤ監督は非常に「オヤジ」という概念の中庸を行く「いい具合のオヤジ」ということができるでしょう。
オヤジ度 ★★★★
油ギッシュ度 ★★
侘び寂び度 ★★★

どうですか。オレの人物評価の確かさは。

そしてもうひとつ興味深かったのは、スーラジ監督とサルマーン兄ィがかつてコラボしたインド映画の名作2作の映像が流れたことですね。その二つのタイトルは『Maine Pyar Kiya』と『Hum Aapke Hain Koun..!』。

この2作が優れた作品なのは言うまでもないことなのですが、なによりも、こんなインド映画のクラシック名作を、ほんの少しの時間とは言え、映画館の画面で見られたことがとっても嬉しかったんです!いや~、映画はやっぱり映画館で観るものですね……。

これ観て思ったんですが、今度IFFJ上映作に1作でいいからインド映画の古い名作映画を混ぜてくれないかなあ……それも大スター出演、歌と踊り満載をヤツを!(まあしかし古いインド映画って著作権の怪しいパクリが微妙に多くて難しいかもな……)

( ↓ IFFJのHPにも貼ってなかった 『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』のプロモを貼っときます!)


Thats What Its All About Promo | Landmarc Films | Sooraj R. Barjatya

■ ポポッポーさんのトークショー『ポポッポーのお気楽インド映画話』

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 『メイキング・オブ「プレーム兄貴、お城へ行く」』上映終了後にはインド映画ブログ『ポポッポーのお気楽インド映画』主催のポポッポーさんによるトークショーが開催されました。

このポポッポーさん、インド在住でインドで公開されたばかりの最新ボリウッド映画をガンガン紹介されている方で、毎回平易な文章で実に要点を得た的確な批評を書かれており、知識も豊富でオレもインド映画観始めの頃からとことん参考にさせていただいておりました。もうインド方面に足を向けて寝られないほどです!この方がいなかったらオレはインド映画に関する感想文なんか書いていなかったでしょう。

今回はスライドを交えながら「プレーム兄貴の話」「IFFJ公開作の紹介」「最新ボリウッド映画のトレンド」の3つを紹介されておりました。ポポッポーさんの話を聞きながらいちいち頷いていたオレはそんな自分の姿に「ハッ!?TVの公開収録でこんな全速力で頷いているオバサンがよくいる!?」と突然気付いてしまい一瞬固まってしまいました!

なにより面白かったのは「最近のボリウッド映画不振の理由」でした。年初めに公開された『ダンガル』と『バーフバリ2』が空前の大ヒットを飛ばしたばかりに、それを超えられるような作品が作れなくなってしまったというんですね。オレも実は「今年のボリウッド映画ってなんだかつまんないなあ」と思っていたんですが、スッキリ説明されて妙に腑に落ちてしまいました。それと、去年の実録モノに飽きて今年はローカルが舞台の映画やコメディが来る、という話も実に分かるなあ。オレも実録モノ、ホントに飽きてたもの。どちらにしろ、年末にかけてまた楽しい映画が公開されるといいですね!

そんなこんなでたっぷり充実したトークショーも終わり映画館ロビーに出たら、なんと主催者の方に紹介されてポポッポーさんとお話できる機会までありました!いやあ、こんな零細ブログでインチキ極まりないインド映画紹介しているオレとしては恐縮しまくりですよ!知ったこと書いてますがオレのインド映画の感想なんて殆ど思い付きと当て推量なんですから!もう申し訳なさすぎで穴があったら入りたいぐらいでしたよ!こんな見ず知らずのオレと温かく接して下さったポポッポーさん本当にありがとうございました!

グローバリゼーションに翻弄されてゆくインド人一家の物語~映画『マントラ』

マントラ [原題:Mantra] (監督:ニコラス・カルコンゴール 2017年インド映画)

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インド映画『マントラ』観ました。

マントラ」かー、なんか意味深なタイトルだよなー、地球の中身がどうしたってんだろなー、あーそりゃ「マントル」かー、「マントラ」ってあれだ、「真言」のことだよなー、なんか宗教的な何かなの?……などとグダグダ言いながら観始めましたが、まあ要するに冷え切った家庭の危機を描く人間ドラマだったんですけどね。

まず物語に出て来る家族のお父さんってのが「いつもいい顔ばかり見せる見栄っ張り」「同時に人に真意を見せない人間不信」「なにやっても面白くない不感症」といった性格で、さらに経営しているポテトチップ会社が破産の危機に瀕しているんですね。いやあ、ことごとく危機的な人ですね!こんなですから奥さんはもうこんな旦那イヤと思ってるし娘は「こんな家で家族ごっこしたくない」と思ってるし息子1は「オヤジうぜえ」と思ってるし息子2は「誰とも関わりたくないオレ、ネットでチャット中毒」なわけなんですね。

こんな中『マントラ』ってなんだ?というと実は息子と娘のやってるレストランの店名だった、という訳で、最初なーんじゃと思ったんですが、まあ物語を追って深読みすればいろいろありそうです。

で、観終ってみるとなんだかインド映画臭くないというか、インド映画観た気がしない、という印象なんですよ。現代インドの都市部に住むアッパーミドルな資産家一家の生活とその交友関係ってェのが全部インドぽくない。で、中心になる一家の心の離れた冷え冷えとした関係、というのもやはりインド映画ぽくない。確かに都市化ってそういうもんなんでしょうね。そして、都市化・欧米化したことによりインド人であることの精神的支柱、アイデンティティみたいなものが薄れてきたことへの危機感がこの物語のような気がします。

つまり、映画のインドぽく無さというのは、それは「インドぽくなくなってしまったインド」を描いているからなんです。そして登場人物たちも、そんなインドぽく無い自分たちに戸惑っているんです。特に「家族団欒」に異様に拘るお父さんはその最たるものでしょう。かつてのインドのように「強くて頼れるお父さん」がいて、「そのお父さんの元幸せに暮らす家庭」をお父さんは夢想しているのでしょうが、もう、家族の誰もそんなものに幻想を持っていないんです。そして同時に、家族の他のメンバーも大なり小なり「インド的でないインドの暮らし」による躓きを体験している。

インドは1991年に経済を開放しグローバリゼーションを受け入れ、世界的な経済大国の一員となることが出来ました。しかしそれにより失われたのは「古き善きインド」です。経済が豊かになり生活が潤い自由な生き方ができるようになり、もちろんそれはとても素晴らしい事なのにもかかわらず、それでもどこかで「喪失感」が付いて回る。その「喪失」したものが「古き善きインド」ということなのでしょう。とはいえ「古き善きインド」は日本の「昭和ノスタルジー」と変わらない、単なる幻想です。今後どの国とも同じようにインドの共同体は破壊されてゆくのでしょう。その中で復古主義が暴力的に振る舞うこともあるでしょう。けれども、それでも「未来はどうあるべきか」考えなければならない。過去になんか戻れないんです。

映画『マントラ』はそんな過渡期にあるインド人一家の苦悩を描くものです。とはいえ、多分にドメスティックな内容であるがゆえに日本人観客が観てもカタルシスに乏しく感じられると思います。オレもなんだか深刻ぶり過ぎてて退屈に思えてしまいました。苦悩が存在する、ということが描かれていても、それをどう昇華することが出来るのか、が描かれないからです。ラストは家族たちが一応の落ち着きを見せますが、それで何が解決したのだろう、という疑問は残るんです。タイトル『マントラ』は失われたインドの伝統を揶揄するのかもしれませんが、それでもやはり勿体ぶり過ぎな気がします。ここはあえて『キングチップス』(主人公の会社が作る製品名)あたりで十分だったんじゃないかなあ。こういった軽やかさがこの作品には足りないような気がしました。

 

現役スーパースター・クリケット選手の栄光を描く伝記ドラマ『M.S.ドーニー ~語られざる物語~』

■M.S.ドーニー ~語られざる物語~ [原題:M.S. Dhoni: The Untold Story] (監督:ニーラジ・パーンデー 2016年インド映画)

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クリケットっていうスポーツは日本ではあまり馴染が薄いんだけれど、これがインドでは国民的スポーツ だっていうんですね。確かにクリケットを題材にしたインド映画というと『ラガーン』(2001)とか『Dil Bole Hadippa!』(2009)とか、他にも沢山名作良作があって、それだけでもインドのクリケット熱が伝わってくるんですよ。

とはいえオレ、クリケットって全然ルール分かんないんですよ。↑で挙げた映画観ててもやっぱり理解していない。そもそもオレってスポーツ苦手なので野球すらルール知らないんですけどね。

で、この映画『M.S.ドーニー』、そのインドのスーパースター・クリケット選手M.S.ドーニーさんの伝記映画だっていうじゃないですか。いや、悪いんだけど知らないっすよM.S.ドーニーなんて。しかもまだ現役なんだそうで、現役で伝記映画ってェのもなんかスゴイですけどね。

とはいえ、ルール知らなくてもインドのクリケット映画ってどれも面白いんですよね。これって子供の頃、野球のルール全然知らなかったけど『巨人の星』のアニメがとっても面白かったのと一緒なんじゃないか、とオレは思ったんですよ。つまり、別に球技見てるんじゃなくて映画のドラマ観てるわけですから、そのドラマがよくできていればちゃんと見せられるものになるんですよ。

というわけで恐る恐る映画『M.S.ドーニー』観ましたけどね。いやあ、最初の心配もなんのその、実に面白かった!

まずやっぱり、ドラマの核となる人間関係をしっかり見せている、ということですね。そしてひとつひとつのエピソードが、きちんと共感を生むものになっている。例えば冒頭の、クリケットグラウンドに深夜散水しに行くお父さんの様子を、こっそり起き出して見つめている子供時代の主人公の姿とか、ここでまずグッとくるんですよ。そして主人公を応援する家族や友人たちの姿なんかにも、やっぱり熱い共感を感じるんですよね。

さらに、シナリオがなかなか上手い。要するに伝記の脚色の仕方ってことなんですが、例えば映画で描かれる主人公の二つのロマンスを、それぞれのヒロインのある言葉を重ね合わせることで劇的に盛り上げている。こんなの実際にはどうだったか分かりゃしませんけど、映画における脚色ということにおいては素晴らしい効果を上げている。こういった、「現実にあったことをドラマに仕立て上げる」際のちょっとしたテクニックが実に巧みで、ああ、こりゃ練り込んでるな、と感じましたね。

それとこれは映画の内容と関係ないんですが、音響が、素晴らしくいい。こんなにサラウンド効果出してるインド映画初めて観たし、音楽もいい。これは是非劇場で体験してください。

もうひとつ思ったのは、この映画、実は3時間以上あるんですが、最初「うわ、長いな」とか思っていた所、観てみるとこの長さがちょうど具合がよかったということなんですよ。まあインド映画ってェのはもともと長いんですが、これが最近は短くなってきている。その中であんまり興味の無いクリケット映画3時間超観るのはどうなの?と思ってた。

しかし、全部を観終ってみるとやはりこの長さで過不足無い、という印象なんですね。この3時間超で丹念に物語をまとめ上げる映画の作り方がインドの奴らにはやっぱりしっくりくるみたいで、だからこそ見せる映画になってたんじゃないか、とも思えるんですよ。最近の短い上映時間のインド映画の物足りなさって、なんだかTVサイズのドラマしか描いていない、ってことだったんですが、その点において『M.S.ドーニー』はどっしりと腰を落ち着けて観られる良作でしたね。


M.S.Dhoni - The Untold Story | Official Trailer | Sushant Singh Rajput | Neeraj Pandey

■《参考》クリケットを題材にしたインド映画あれこれ