インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

国境を越えて迷子の少女を送り届けろ/映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子』

■バジュランギおじさんと、小さな迷子 (監督:カビール・カーン 2015年インド映画)

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■迷子の少女を救え!

迷子になってインドに取り残されちゃったパキスタン人少女を、バカが付くほど真っ正直なあるおじさんが、「パキスタンの生家に届けてあげよう!」と決意します。けれども、国境を越えるのにはあまりにも多くの困難が待ち構えていて……。しかーし!それでもおじさんは決してめげない!「でも、やるんだよ!」の精神で彼はそんな困難に立ち向かうのです!映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子』はそんな小さくて大きな善意の心を、笑いと涙と、そして当然艶やかな歌と踊りで綴ってゆく傑作映画なんです。

主演はインド映画界大スター中の大スター、サルマーン・カーン。日本では『タイガー/伝説のスパイ』『ダバング 大胆不敵』の公開作があります。ヒロインにカリーナ・カプール、日本公開作は幾つかありますが、やっぱり『きっと、うまくいく』が一番有名かな。共演としてインド映画の名バイプレイヤー、ナワーズッディーン・シッディーキー。『めぐり逢わせのお弁当』『女神は二度微笑む』『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』に出演しました。監督は『タイガー/伝説のスパイ』、『Phantom』『Tubelight』のカビール・カーン。そして!この作品は2015年に公開されて大ヒットを記録し、インドでは『バーフバリ』『ダンガル』に続き歴代第3位の興行収益を記録するほどになっているんですよ!

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■『バジュランギおじさんと、小さな迷子』のあらすじ

物語はパキスタンの寒村に住む口のきけない少女シャヒーダー(ハルシャーリー・マルホートラ)が、母親と共にインド巡礼に行くところから始まります。シャヒーダーはちょっとしたことから帰りの列車で途中下車してしまい、そのまま列車は発車、一人インドに取り残されてしまうのです。迷子になった彼女が目を留めたのが祭りで絶賛ハッチャケ中の男パワン(サルマーン・カーン)。

しつこくついてくるシャヒーダーにパワンは最初戸惑いますが、口もきけず警察もまともに相手にしない彼女を哀れに思い家に連れ帰ってしまいます。恋人ラシカー(カリーナー・カプール)と共にシャヒーダーの家を確認しようとするパワンでしたが、遂に彼女がパキスタンから来たことを知ってしまいます。ビザもパスポートも無いため故国に帰ることのできないシャヒーダーのため、パワンは彼女を連れ国境を超えること決意します。しかし、それは不可能とも言える旅の始まりだったのです。

この物語のポイントは、インドとパキスタンが、1947年の印パ分離独立以来、3度の戦争を経るほどに政治的・宗教的に激しく対立し、一部の国民はお互いを忌み嫌い、映画でも観られるように国境には厳しい検問の立つ国家同士である、ということです。この物語の「不可能とも言える旅」というのはそういう事なんです。シャヒーダーとその母がパキスタンからインドへ旅してきたことから判るように国を行き来する事はできるのですが、そこにはいろいろ厳しい条件があるようです。

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■そこに国境なんて無い

物語の前半部では迷子の親を捜すパワンのドタバタぶりがコミカルに描かれてゆきます。なにしろシャヒーダーは口がきけないので何一つヒントが無く、彼女のそぶりや好物から推測してゆくパワンですが、まさかパキスタンから来ただなんて思うはずもありません。ここでのパワンの頓珍漢ぶりがなにしろ可笑しい!

そんなパワンと協力して親探しをする恋人ラシカーとのそもそもの馴れ初めなんかも挿入されて、ロマンチックさも同時に演出するという贅沢さはインド映画ならではでしょう。もちろん歌と踊りの楽しさは絶品です!

もうひとつはパキスタン少女シャヒーダーがインド中心部デリーの繁華街を新奇な目で見つめる様子です。シャヒーダーの生家は素朴な牧畜農家で、アルプス高地かと見紛うばかりの美しい自然と山々が広がっています。ここ、実はカシミールなんですね。カシミールは世界で最も美しい土地のひとつですが、インドとパキスタンとの国境紛争地帯であり、現在も緊張状態が続いています。その国境的に限りなくグレイな土地からシャヒーダーがやってきた、というのも実に暗示的です。

しかし、幼いシャヒーダーにとって、国家間紛争なんて知ったことではなく、ただ人とモノでごったがえすインドの街を眩しそうに見つめるんです。彼女はそのとき思ったでしょう、世界には、様々なものが溢れ、様々な人がいて、どれも新鮮で、美しく楽しいと。そしてそこには、バジュランギおじさんのような、優しくて頼れる人もいるのだと。そこに国境なんて無いんです。

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■【愚者】であり【聖者】である男

サルマーン兄ィ演じるパワンは殆ど「天然」と言っていいほどの馬鹿正直な男です。はっきり言うとオツムもそんなによくありません。パワンは善意や公正さに溢れてはいるものの、同時にあまりに愚直で純朴過ぎる男なんです。危険な国境越えを何も考えずに決意し、さらにその方法すら無為無策です。鉄条網に覆われた国境の柵を、銃を持った兵隊たちを、パワンはどうやって突破するのか?そこに作戦や計略なんかないんです。傍から見るなら彼は単なる【愚者】です。

しかし彼はその純朴さだけを頼りに、それらを乗り越えてゆくんですよ。そんな彼の心の支えとなるのが、彼が熱烈に信仰するヒンドゥー教ハヌマーン神なんです。ハヌマーン神は忠義と献身の神として知られており、パワンのシャヒーダーへ献身は、まさにハマヌーン神の神意の体現でもあったんですね。

それと同時に、彼の純朴すぎる真っ正直さは、逆に曇りの無いまっさらな心を持つ男として見る事ができるんです。人は生きていく上で様々な事情や言い訳や否定項目を抱えてしまうものですが、パワンにはそれがありません。彼はあまりに真っ直ぐです。真っ直ぐなだけの人間は現実世界では生き難いだろうし、実際この物語でもパワンがあまりに真っ直ぐ過ぎるがゆえに危機に曝されることもあります。

けれども、その危機を救うのもまた彼の真っ直ぐさなんです。裸の心を持つ彼は、相対する者の心をも裸にします。「捨てる神あれば拾う神あり」の例え通り、どんな困難に遭っても、彼のそのひたむきさが、結局彼を救うことになるんです。こんな人物を呼び習わす言葉がひとつあります。それは【聖者】です。この『バジュランギおじさんと、小さな迷子』は、【愚者】であり【聖者】である一人の男の物語なんです。

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■ナワーズッディーンのもたらすリアリティ

しかしそれだけだとやはり「いい人の巻き起こしたいい話」というちょっとリアリティに乏しい”いわゆる美談”にしかなりません。この物語をピリッと引き締め、リアリティをもたらす存在、それが実はナワーズッディーン・シッディーキー演じるパキスタン人ジャーナリスト、チャンドなんです。そもそもナワーズッディーンの苦みばしったひとりの市井の男といった顔つきがなにしろリアリティそのものです。

無為無策で特に何も考えずに行動している愚直なパワンの陰で、ああでもないこうでもないと眉間に皺寄せ七転八倒し、パワンの行動を支えている男、チャンド。彼のじたばたぶりがこの物語に可笑しさをもたらし、彼の現実的な対処方法とその尽力が結局のところ最後に物語の突破口となります。「美談」というどこかふわふわした物語に一本芯を通しているのが彼なのですよ。お約束通りとはいえ非常に感動的なクライマックスをこの物語は迎えますが、この感動は実の所サルマーン一人だけではなく、ナワーズッディーンの存在感が一味加味されたからこそなお一層の情感を引き立てたのではないでしょうか。

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■国家と宗教を超えて

このような素朴な人間性の在り方を描く物語性も充分優れていますが、それ以上に、「国家や文化や宗教や歴史性の壁を越えて確固と存在する人間性の在り方」にきちんと切り込んだ部分でも、この物語は優れています。それはパキスタン国境警備隊や警官のパワンに対する態度です。彼らは職務上、越境者であるパワンに、高圧的で暴力的に接します。そしてそれは、「国家」というものはそういうものだということでもあります。個人にとって国境は無意味だとしても、国家が国境を必要とするからです。

しかし、パワンの人となりに、彼の真っ正直で真っ直ぐな心に触れることで、彼らの態度は軟化します。それは「国家の列兵」などではなく、一個の「裸の人間」として心動かされたからです。そしてそれは、「個人である自分はただあなたと同じ人間である」ということです。実のところ、現実であれば彼らは職務違反で厳重な処罰を受けることでしょう。しかし待ってください、この物語は善意というものに対するひとつの「ファンタジー」なんです。

『バジュランギおじさんと小さな迷子』は徹底的に人間の善意の在り方について問い掛ける物語です。それはこの現実が人間の善意だけではどうしようもないことに満ち溢れていることの裏返しです。「こんなの絵に描いた餅だ」と言ってしまえばそれまでの話です。しかし、例え現実がそうじゃないのだとしても、理想と夢の在り方を確固として持ち続けることは重要な筈です。そしてその「理想と夢」のひとつの形が、この作品だといえないでしょうか。 


映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子』予告編

■参考:カビール・カーン監督作品レヴュー
■サルマーン・カーン日本公開作DVD
ダバング 大胆不敵 [DVD]

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タイガー 伝説のスパイ [DVD]

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