インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

ボンベイ闇社会に翻弄される兄弟の愛と確執〜映画『Parinda』

■Parinda (監督:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー 1989年インド映画)


『Parinda』は貧しい生い立ちに生まれ、一人はマフィアに、一人は一般人へと成長した二人の兄弟の愛と確執を描くノワール・ムービーである。主演は『24 -TWENTY FOUR-』『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』などでも活躍する世界的インド映画スター、アニル・カプール。悪の道に走った兄をジャッキー・シュロフ、マフィアのドンに『Khamoshi: The Musical』(レビュー)の聾唖役が印象深かったナーナー・パーティカル。ヒロインをインド映画名女優マードゥリー・ディークシトが演じる。また監督のヴィドゥ・ヴィノード・チョープラーは『きっとうまくいく』『フェラーリの運ぶ夢』の脚本/原案/製作、『PK』の製作などにも携わっている。

父の死によりボンベイで路上生活を余儀なくされていた幼い兄弟、カラン(アニル・カプール)とキシャン(ジャッキー・シュロフ)。キシャンはカランに立派な教育を受けさせるため、自らは暗黒街に身を落としていた。カランはそんなことも知らず留学先のアメリカから帰郷し、久方ぶりの故郷でかつての友人であり、現在警官を勤めるプラカシュ(アヌパム・ケール)と再会を果たす。だがプラカシュはカランの目の前でマフィアの襲撃に遭い死亡、ショックの中警察の捜査に協力するカランは、そこで兄キシャンがマフィアの一員であることを知らされ驚愕する。キシャンに食ってかかるカランだったが、兄の心を理解し、さらに自分にもマフィアの仕事を手伝わせてくれ、と持ちかける。だがそれは、マフィア組織に友人を殺されたカランの復讐の為だった。

二人の兄弟が一人はマフィアに、もう一人は堅気の人間に、というプロットはアミターブ・バッチャン主演の映画『Deewaar』でも観ることができるが、それは単純な善悪の対立であり、それを通し兄弟愛と親子愛を高らかに謳い上げるのがテーマとなっていた。しかしこの『Parinda』では、貧しさの中家族の生活を守る為悪の道に進む男、という骨子こそは『Deewaar』と一緒なれど、堅気の筈の弟が黒社会に足入れし、さらに復讐の為マフィア組織の構成員を一人また一人と屠ってゆく、という思いもよらない展開を見せる。この物語にあるのは大渦のようになってうねる悲劇の中心へとどんどんと引き寄せられてゆく兄弟の暗黒のドラマであり、捻じれまくった運命のもつれが生み出す残酷な結末なのである。

さらにこの作品ではマフィアのボス・アンナの、じわじわと沁みだしてくるような狂気の様が凄まじい。アンナは声を荒げるでもなく暴力を振るう訳でもなく、いつもヘラヘラと口の端を曲げ、角を立てぬように口当たりのいい言葉を吐く。だが、もちろん目は決して笑っていない。そして表情も変えずに冷酷な決定を下すのは常に彼なのだ。このアンナ役であるナーナー・パーティカルの迫真の演技が素晴らしい。兄弟の確執と陰惨な運命を描くこの作品は、ナーナー・パーティカルの恐るべき演技により、なお一層その闇の深さを際立たせているのだ。この作品で彼が国家演技賞を獲得したというのも頷けるはずだ。また、映画は全編でクラシックの交響曲が使われ、物語の持つ悲劇性をなお一層重々しく彩っている。