インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

【インド名作映画週間その1】『Mother India』『Pyaasa』

■苦難の人生を力強く生きるインドの母〜映画『Mother India』(監督:メーブーブ・カーン 1957年インド映画)


1957年に公開され、インドの古典的名作として絶大なる評価を受ける映画『Mother India』は、インドの農村に嫁入りした一人の女の苦難の生涯を描く壮絶な大叙事詩だ。
主人公ラダは貧しい農家に嫁ぎ、辛い農作業も夫との愛で乗り切っていたが、悪辣な高利貸からの借金、事故による夫の両手切断、その夫の失踪、洪水による農地消失と次々に不幸が舞い込む。しかしラダは残された二人の子供と力を合わせ、ようやく安定した生活を手にした。だが息子の一人ビルジューは彼らを貧困に追いやっていた高利貸に暗い怨念を抱いていた…というのが物語となる。
これでもかとばかりに次から次へと襲い掛かる不幸と苦難のドラマは嵐のように観る者の心を翻弄し、それを歯を食いしばって乗り越えてゆく主人公ラダの姿に誰もが心奪われるはずだ。その逞しさと強靭な忍耐力はひたすら感嘆させられるが、その力の源となっているのは、ひとえに夫と子供たちへの強烈な愛情ゆえなのだ。貧困と労苦、そして母の愛を描くこのドラマは非常に普遍的で根源的な人間の業と性を描いており、圧倒的な情感でもって観る者を組み伏せる。
そしてどんな不幸の中にあっても、泥と汗にまみれ髪振り乱していても、主人公ラダは神々しいまでに美しい。どんな時であろうと、多くの者にとって「母」とは美しい属性なのだ。「インドの母」とは文字通り母であると同時に、聖なる地母神であり、母なる国インドそのものを体現したタイトルなのだろう。主演を演じるナルギスは当時名を馳せたカリスマ的な大女優だったそうだが、一人の娘から妻、母、そして老婆と演じ切り、圧倒的な存在感を醸し出していた。

■不世出の詩人と二人の女の恋〜映画『Pyaasa』(監督:グル・ダット 1957年インド映画)


類稀なる才能を持ちながら世間にも家族にも顧みられない不遇の詩人と、その美しい詩の世界に魅せられ、作者である彼に恋をした一人の娼婦、さらに上流階級の妻との物語である。インド映画の巨匠、グル・ダット監督が世に送り出し、その代表作となったばかりでなく、2005年にはタイム誌による「映画史上の名作100選」の1本に選出されたというインドの古典的名作だ。
50年以上も前の作品であり、白黒で製作されているのだが、その深いモノトーンの味わいがどこか夢幻の世界を映し出しているかのようにすら感じさせ、詩人が主人公ということもあってか詩的な映像を見せる。こういった、しっとりとしたヨーロピアンテイストな画面作りが非常に印象的だったのだが、これは当時のインド文芸映画が意外とネオ・リアリズモ全盛時代のイタリア映画を目指していたのではないか、と想像した(実際もう一人のインド映画巨匠サタジット・レイもネオ・リアリズモの影響下にあったという)。
また、本編で披露される主人公の詩も心に直接響いてくるような美しく生の哀歓に満ちた作品ばかりで、この映画の魅力の一つとなっている。オレらしく下品なことを言うなら「やっぱり孤高な文士ってモテるんっすねえ」というお話でもある。それとなにぶん古い映画なので内容が紋切型に見えるのとテンポが緩く感じるのはいたしかたないか。