インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

インドの事をあれこれ勉強してみた (その2)

f:id:globalhead:20210131042505j:plainPhoto by Joshuva Daniel on Unsplash

■バガヴァッド・ギーター / 上村勝彦

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

  • 発売日: 1992/03/16
  • メディア: 文庫

ヒンドゥー教聖典となるものは複数ありますが、全部読むわけにもいかないので、叙事詩マハーバーラタ』の一部であり、重要な聖典の一つである『バガヴァッド・ギーター(神の歌)』を選んでみました。聖典といいつつ、この叙事詩はまず大戦争の真っ只中から語り始められます。これはバラタ族のクル王家・パーンドゥ王家という親族同士が領土の覇権を賭けて行われた「クルクシェートラの戦い」のことで、『マハーバーラタ』の中核的な要素でもあります。主人公となるパーンドゥ家のアルジュナは戦いに際し肉親同士で殺し合うこの戦争に疑問を持ち戦意を喪失してしまいます。しかしそこでアルジュナに仕える御者クリシュナがヨーガの秘説を説いて彼を鼓舞するのです。このクリシュナこそが実は最高神ヴィシュヌの化身(アヴァターラ)であったのです。ここでクリシュナは何故戦うのかということ、そして人として何を成すべきかを説きますが、それは同時に人としての義務を果たしながら解脱へと至る道を明らかにしたものでもあるのです。ここで「戦い」と「人の道」に齟齬があるように思われるかもしれませんが、これはアルジュナクシャトリヤ、つまりヴァルナ (いわゆるカースト) の第二位である王族・武人階級であり、そのクシャトリヤとしての務め、即ち現世での人としての義務を説いたものであるのです。この『バガヴァッド・ギーター』はさらにヨーガ修行の重要性、魂の不滅、神への帰依の在り方が述べられていきますが、それは篤い信仰の道の中にこそ人の生きる術があるのだという教えです。『バガヴァッド・ギーター』の根幹を成す教えは「(結果に)執着することなく、常に、なすべき行為を遂行せよ」ということです。それは、「無私」であること、そして常に行動すること、その二つです。「行動することの義務」が教義の中心である、という部分にヒンドゥー教、ないしインド民族というものの秘密が隠されているような気がしてなりません。

■バガヴァッド・ギーターの世界―ヒンドゥー教の救済 / 上村勝彦

上記『バガヴァッド・ギーター』の解説書。『ギーター』だけだと難解なような気がしたので最初はこちらから読んでみました。著者は『バガヴァッド・ギーター』の訳者であり、『インド神話マハーバーラタの神々』の作者でもある上村勝彦氏です。特に意識したわけでもないのにインド関連の本を購入したら3冊が同じ研究者のものだったことを知りびっくりしました。確かにこの解説書から読んだのは正解だったようで、『ギーター』に秘められたインド哲学、インド宗教の在り方を丁寧に説明しています。また、上村氏は浅草寺関係者でもあり、仏教との関連性・類似性を見出しながら説明してゆくスタイルは日本人にも分かり易いものでしょう。『ギーター』はインドの学校で「ギーター検定」なるものがあるというぐらいインド人の心象に密着したものであり、また、かのインド元首相ガンジーも熱心なギーター実践者であったという話などを聞くにつけ、いかにこの聖典が重要なものであるかが分かるでしょう。

■シャクンタラー姫 / カーリダーサ

シャクンタラー姫 (岩波文庫 赤 64-1)

シャクンタラー姫 (岩波文庫 赤 64-1)

これは「インドの事を知る」というよりは『インド神話マハーバーラタの神々』で紹介されていたシャクンタラー姫のエピソードが面白かったので、『マハバーラタ』から戯曲化されたこの『シャクンタラー姫』を読んでみようと思ったという訳です。作者の名はインド古代戯曲作家の最高峰と言われるカーリダーサ(5世紀ごろの人物とされるが不明)。物語は仙人の隠棲所で出会ったドウフシャンタ王と天女の血筋を持つシャクンタラー姫との恋愛ドラマです。相思相愛となり周囲からも祝福され婚姻の目前にあった二人はしかし、とある仙人の呪いによりその想いを成就することができなくなります。クライマックスは天界の神々も登場し神々しくもまた稀有壮大な幕引きを見せるのです。読んでみてまず驚いたのは、七五調の音数律で訳された雅極まる詩文でもって物語が進行してゆくことでしょう。実際の原典もいわゆる美文体と呼ばれるもので書かれ、演劇ではそれを歌うか歌うかの如く美しくたおやかに表現したのでしょう。日本語の擬古体文で訳されたこれら文章は折衷案だとしても、訳者の方の並々ならぬ文学的知識と素養の賜物であることは間違いなく、その訳文の美しさを堪能するのも一つの楽しみです。この『シャクンタラー姫』は古代インド劇の中でも最高傑作と呼ばれ、古くからヨーロッパに紹介されてゲーテファウスト』の序文にも影響を与えたと言われます。また、巻末の解説では、古代インド戯曲の主な代表的作品とされるものの殆どは、「恋愛コメディー」と「英雄コメディー」に属するとされ、この辺りに現代インド映画との共通点があるのかもしれないな、と思いました。

イスラーム ― 回教 / 蒲生礼一

イスラーム―回教 (岩波新書 青版 333)

イスラーム―回教 (岩波新書 青版 333)

さてヒンドゥー教のことは多少なりとも学びましたが、インドにおいてヒンドゥー教と並び信仰されているイスラーム教のことも、オレは実はよく分かってなかったんですよ。インドにおける人口比ではヒンドゥー教80%に対しイスラム教14%弱の信仰率ですが、それでも1億6000万人のイスラム教徒がインドにいることになります。ボリウッド・スターにもイスラーム教信者はある割合で存在するでしょう。そんなわけで、イスラーム教について知るために手にした本が『イスラーム ― 回教』。実は古本で100円で入手。実はこの本、1958年という半世紀も前に書かれたものなので、現在のイスラム圏の状況は当然知ることはできませんが、イスラーム教のそもそもの概略を知るには別に古くても問題ないと判断したんです。そして実際、とても丁寧に書かれ、分かり易い本でした。マホメットの生い立ちとイスラーム誕生の歴史的背景、その後の歴史と文化が基本となりますが、読んでみて最も興味深かったのはイスラーム教が基本的に非常に民主主義的な宗教である、という点でした。後続宗教であるため逆に民衆に対して"こなれている"という言い方もできますが、これは例えば権威の名の元にヒエラルキーを形成したキリスト教と根本的に違う、ということなんですね。スンニ派シーア派という派閥がなぜ発生したのか、というその理由も面白い。これはいわゆる教義解釈のみの話ではなく、アラブの遊牧民族と農耕民族の生活の違いからくる信教のありかたの違いであり、また、古代イランがシーア派をとったのもアラブ系イスラームに征服された際の牽制の意味があったのらしい。もう一つ、イスラーム神秘主義イスラームの根本理念とどうにもかけ離れた主張(どちらかというとウパニシャッドの理念に近い)をしているといった点で、「別にもうイスラームじゃなくていいじゃん…」と思わせてくれる部分が面白かったなあ。

地球の歩き方 インド 2014〜2015 , 地球の歩き方 南インド 2014〜2015

D28 地球の歩き方 インド 2014~2015

D28 地球の歩き方 インド 2014~2015

D36 地球の歩き方 南インド 2014~2015

D36 地球の歩き方 南インド 2014~2015

旅行ガイドブック「地球の歩き方」のインド編と南インド編。もうオレ、インド好きすぎるからインド行くわ!インド旅立っちゃうわ!…というわけでは実は全然無く、インドの都市の所在地とその位置関係を知りたくて購入したんですね。このガイドではさらに遺跡の所在地やその写真が載っているので、インド映画に出てくるあの遺跡は何?と思ったらすぐ調べられるんですよ。さらに観光地や街並み、商店の写真もあり、インドの街の様子が多少ではありますがうかがえるのもいいですね。一応インド編にも南インドは含まれているんですが、もっと詳しく、ということで別に南インド編が設けられているようです。実際のところ、自分がインド旅行するかというとまあないだろうなあ、と思います。そもそも海外旅行に興味がないのでしたことすらないんですよ。このガイドブックも、旅行の心得を読んだだけで面倒臭くなってしまったぐらいでしたよ。ええ、相当ものぐさな人間なんです。でもいつかぷらっと行くかも(どっちなんだよ)。行くなら南インドかなあ(だから行く気あんのかよオレ)。

■インド・祭り―沖守弘写真集 / 沖守弘

インド映画にはお祭りの描写が多々ありますが、それが実際はどんなもので、いったいなんなのか、全然知らなかったんですよ。色付きの粉を掛け合うのがホーリーというのはなんとなく分かりましたが、ガネーシャ神が出てくるあれは何?シヴァ神を祀るこれは何?あの女神さまは誰?とずっと疑問に思ってたんですね。あと、映画で見るお祭りは撮影のためのものでしょうから、実際のお祭りはどんなふうに、どんな人たちが集まってやっているんだろう?とも思ってました。この『インド・祭り―沖守弘写真集』はそれらインドの主要な祭りを写真で紹介したもので、さらにどの祭りがどの地方でいつ行われるのか、それは何のための祭でどのように行われるのか、といった簡単な説明も入っており、ガイドブックとして非常に重宝します。中古品で相当安く手に入ったというのもポイント高い。なによりこの写真集でよかったのは、インドの普通の人たちの顔が沢山見られる、ということもありました。映画ばっかりだとその地で生きるリアルな人々の顔つきがわからないんですよ。そしてリアルなその人たちの顔を見て、ああ、この人たちの多くは今もインドで生活してるんだなあ、と想像するのがなんだか感慨深かったですね。やっぱりインド行こうか…(いや行かない人大杉)(だからどっちだとあれほど)。

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さてこれらの本を読んでインド映画は以前より理解が深くなったか?といいますと、結局思ったのは「むしろDVDの英語字幕ちゃんと理解するために英語勉強したほうがよかったんじゃないか?」ということだったんですけどね!まあ勉強は面白かったです!