■Nil Battey Sannata (ニュー・クラスメイト) (監督:アシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー 2016年インド映画)
「ええっ!?お母さんが同級生になっちゃうのっ!?」という2016年に公開されたインドのコメディ・ドラマです。「お母さんが同級生」とは言っても”お父さんが結婚したのが同級生だった”とかいうお話ではありません。自分のお母さんがホントにクラスの同級生になっちゃう、というお話なんですね。いったいこの親子に何があったのでしょう?主演は『プレーム兄貴、王になる』(2015)『Tanu Weds Manu』(2011)『Raanjhanaa』(2013)のスワラー・バースカル、共演に『Khoobsurat』(2014)『Kapoor & Sons』(2016)のラトナー・パータク。監督はこれがデビュー作となるアシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー。
《物語》シングルマザーのチャンダー(スワラー・バースカル)は貧しい暮らしの中、15歳になる一人娘アプー(リヤー・シュクラー)を女手一つで育てていました。しかしこのアプー、勉強がまるで駄目で特に数学は壊滅的。勉強しなさい!と叱るものの、「お母さんとおんなじメイドになるからいいもん!」と口答えする始末。家庭教師は無理だし勉強を教えられるほど自分も賢くない。悩みに悩んだお母さん、奉公先のジワン(ラトナー・パータク)の提案である行動を起こします。それは生徒として娘と同じクラスに通うこと!そして嫌がる娘にこう言います。「数学で私よりいい点を取りなさい。だったら学校に行くのを止めるから」。こうして、娘と母の勉強合戦が始まるのです。
勉強しない子供とそれを叱る親、どこの世界でも家庭の事情は一緒ですねえ。しかしこのドラマは、そんなありふれた光景にずっと切迫感が込められています。それはインドの貧困問題です。主人公となるお母さんはシングルマザーで、メイドだけでなく一日中いろんな仕事を掛け持ちしてやっと家計を維持できる、いわば低賃金労働者です。それはとても大変な事でしょうが、愛する我が娘を立派に育てるために労苦を厭いません。彼女は自分と同じ辛い思いをさせたくないからアプーに勉強しなさい!と叱咤するんです。しかし親の心子知らず、反抗するわ遊びまわるわで全く言うことを聞かない始末。それでお母さんは一計を案じ……というのが今回の物語なのですが、それが「同級生になっちゃえ!」と斜め上の方向に行っちゃうところがユニークなんですね。
理屈としては妙なんですが、「同じクラスに通う母子」というシチュエーションの面白さがそれを力技でねじ伏せちゃうんですね。なにより、15歳の娘がいる主婦の筈なのに、制服を着て教室に座っているとそんなに違和感を感じないんですよ。せいぜい上級生ぐらいにしか見えない。しかも、クラスメイトとなる少年少女たちがそれを普通に受け入れちゃっているばかりか、友達までできちゃうじゃないですか!有り得ないようなシチュエーションの筈なのに、「あ?ありなのか?」と観ているこっちも思いこまされちゃう。フィクションというのは要するに嘘なんですが、この「嘘」のつき方がとても巧い。こういったところが非凡なドラマなんですよ。で、クラスでは親子ということを隠している。だけど、アプーがクラスで叱られているとチャンダーはやっぱり心を痛めている。こういった描写もいい。
「勉強ばかりが人生じゃない」という言い方もあるかもしれませんが、ことインドに関しては、貧困から抜け出すにはやっぱり勉強するしかない。チャンダーがアプーに勉強勉強とうるさいのは、それはアプーに幸福になってもらいたいからです。それはチャンダーがアプーを愛していればこそなんです。そんな母親の気持ちをアプーは理解できるようになるのか?というのがこの物語の見所となります。また、こういった物語の他に、日々のささいな情景、インドの日常の風景、そんなものがとても美しく表現されている映画でもあります。鉄橋の掛かる川の河辺で洗濯をするチャンダーの様子、狭く貧しい家だけれども親子二人身を寄せ合って暮らす生活のささやかさ、そういったものが暖かく身に迫ってくる作品でもありました。
そしてこの作品、日本公開されやすい要素が沢山あるんですよ。まず母子の物語であり、女性が主人公であること、さらに教育がテーマであり、現代劇であること、物語の背景に貧困があり、その貧困の中で懸命に生きる人々の物語であること、それが湿っぽくなく、明るく軽やかに描かれること、展開が分かり易く、コミカルであること、等々。そもそも「お母さんが同級生」というストーリーはとてもキャッチーだと思うんですが。日本公開され易いインド映画は女性映画的な側面を持った作品が多いような気がしますが、この作品などはまさにそうじゃないでしょうか。煌びやかなインド映画が好きなインド映画ファンには物足りないかもしれませんが、2016年公開作という新鮮さも併せ、一般公開されそうな作品でしたね。…と思ってたら7月17日・20日に【SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016】で『ニュー・クラスメイト』のタイトルでの公開があるようですね。興味の湧いた方は是非どうぞ。