■Hera Pheri (監督:プリヤダーシャン 2000年インド映画)
貧乏こじらせ過ぎてお金に困った3人の男が、間違い電話から進行中の誘拐事件を知り、こっそり上前はねちゃおう!と考えたことから始まる大騒動を描いたのが2000年公開のコメディ映画『Hera Pheri』であります。出演は貧乏3人組にアクシャイ・クマール、スニル・シェッティー、パレーシュ・ラワル、そしてヒロインをタッブーが演じております。調べてみて初めて知ったんですがタッブーって『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』にも出演してたんですね。タイトル『Hera Pheri』は「モンキー・ビジネス」という意味。この作品はインドで大ヒットし、2006年には続編『Phir Hera Pheri』も公開されています。
《物語》グルガーオンからムンバイにやってきたシャム(スニル・シェッティー)は当てにしていた銀行の仕事をアヌラーダ(タッブー)という若い女性に横取りされ頭を抱えていた。さらにそのシャムをスリ呼ばわりして襲い掛かってきた男がいたもんだからムンバイの生活は前途多難を思わせた。シャムはバブー(スニル・シェッティー)の営む安アパートに住むことにしたが、そこで出会ったもう一人の住人ラジュ(アクシャイ・クマール)こそがシャムをスリ呼ばわりした男だった。しかしそのラジュも金の無い食い詰め者であり、バブーすら負債を抱えて困り果てている男だった。そんな彼らのアパートに間違い電話が掛かる。なんと誘拐犯が幼女の身代金を要求してきたのだ。ここで彼らは一計を案じ、幼女の本当の親に誘拐犯と偽って電話を掛け、実際の身代金より大目の金額を要求してその上前をはねようじゃないか…と考えたのだ。
お金がない、お金がない、お金がない!そんな金欠3人組が貧すれば鈍す、あろうことか犯罪事件にかかわってしまいます。物語は冒頭から3人の金欠ぶりを面白おかしく描きます。シャムは真面目なだけの小心者として描かれます。シャムから仕事を横取りしたをアヌラーダも実は貧しい家族を支える女性で、シャムは異議を唱えることができません。このアヌラーダとシャムの間にはその後恋心が芽生えます。ラジュは一攫千金を妄想するだけの怠け者ですが、愛する母親には自分の貧しい姿を見せられずに苦悩しています。バブーは人が善く大雑把なせいで借金塗れです。さらにシャムは、シンというシクの男に負債があり、期日まで返せなければ殺す、と脅かされているのです。こんな具合に貧乏3人組の困窮振りを徹底的に見せ、ある意味犯罪への加担とも取れる彼らの計画に観るものをなんとなく納得させてしまうんですね。
ここまでのシナリオの流れは非常に綿密かつスムーズで、登場人物の性格を掘り下げ、さらに要所要所にきちんと笑いを織り込んでいる部分には感心させられました。さらにアクシャイ・クマール、スニル・シェッティー、パレーシュ・ラワル3人の息の合ったボンクラ演技の素晴らしさはまるで見事なボンクラ組体操を見せられているかのようでした(なんじゃそりゃ)。特に「お金が手に入る!」と喜び勇み、狸の皮算用ですっかりのぼせあがった彼らが歌い踊るシーンのそのしょーもなさには「貧乏って…悲しいなあ」と涙を禁ぜずにはいられません(笑ったけど)。そう、この物語には貧困にあえぐ社会の底辺層のペーソスが巧みに盛り込まれてもいるんですよ。こういった部分もインドでこの映画が支持を得た一つの理由かもしれません。
そんなわけで貧乏3人組と誘拐者、そして誘拐された娘の親、という三つ巴の攻防が展開するわけなのですが、さらにそこに誘拐事件を捜査する警察、そしてシャムの命を狙うなんだか間抜けそうなシク教徒集団が加わり、物語のドタバタ具合はいやがうえにも高まってゆきます。特にクライマックスの大乱戦の可笑しさはこの物語の中でも白眉と呼べるハチャメチャさでしょう。しかしいくら貧乏こじらせまくっているとはいえ、誘拐事件を見過ごすばかりか、娘の誘拐に心悩ます親からさらに上前をはねる、という行為は犯罪以外の何者でもありません。その辺の落とし所はどの辺に持っていくのかなあ、と思って観ていたら、結構曖昧な形で一件落着させた部分がちょっとなんだかなあ、と思っちゃいました。コメディ仕立てとはいえやはりこれは犯罪ドラマになっちゃうわけで、その辺をどうとらえるかで評価が変わってしまうんじゃないのかなあ。
ちなみにこの作品、インドでは長年にわたりカルト・コメディとして愛されているらしく、Indian Expressにおいてボリウッド作品最高のコメディとして選ばれています。その他に選出されたインド・コメディは以下を参考にされてください。