インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

俺は痛みを感じない、でも心の熱さは感じるぜ!/映画『燃えよスーリヤ!!』

■燃えよスーリヤ!! (監督:バーサン・バーラー 2018年インド映画)

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■痛みを感じないカンフーマン、スーリヤ登場!

「無痛症」という痛みを感じない特異体質の青年がカンフーに目覚め、ひょんなことからとんでもない戦いに巻き込まれちゃう!?という2018年製作のインド映画『燃えよスーリヤ!!』でございます。この作品、観る前は「シンプルでストレートなアクション作品なんだろうな!」程度に思ってたんですが、観終ってみると、どうしてどうしてなかなかに風変わりな作品で、とても楽しませてもらいました。

【物語】「無痛症」に生まれたスーリヤ(アビマニュ・ダサーニー)は、思わぬ怪我をしないよう部屋から出ることを両親から禁じられていたが、そんな孤独な彼の心の支えとなっていたのは夥しい数のカンフー映画ビデオだった。「僕はカンフーマスターになる!」と部屋で一人カンフー修行に勤しむスーリヤはいつしか成長し、外に出ることを許される。そして彼が外で見つけたのはビデオで最も憧れた「片足空手マン」の道場のポスター!そしてそのポスターを貼る謎の美女!意気揚々と道場に赴いたスーリヤだったが、そこで見たのは血を流し倒れる「片足空手マン」だった!?彼の身に何が!?そんなスーリヤに謎の美女のパンチが飛ぶ!?そして物語は斜め上の方向へどこまでも爆走し始める!?

とまあそんな作品なんですが、冒頭の幼少時の部分からあんな事件こんな事件が次々と起こり、粗筋にまとめようとしてもあまりに長くなりそうで、上に書いた【物語】は要約の要約です!さらに中盤からの展開も、さらにあんな事件こんな事件が矢継ぎ早に巻き起こり、簡単にまとめ切らないほど!シンプルにまとめるなら「カンフー青年が悪漢を倒す」、ただそれだけなんですが、「カンフー青年が悪漢を倒す」だけじゃあこの作品の本当の魅力がまるで伝えられないんですよ!

■インド映画新感覚派

まず最初に言えることは、この作品が実に「コミック的」な作品であるということでしょう。主人公スーリヤの「無痛症」という設定もそうですが、それがなぜかカンフーマンになっちゃったり、そんな彼は理由はあるにせよインチキヒーローみたいな変なマスクとコスチュームを着けていたり、そもそもスーリヤの性格がシンプル極まりないコミック的なものだったり、彼の憧れが「片足空手マン」だったり、ヒロインが美人ちゃんで強力なカンフーガールだったり、敵役として登場するのがジャレッド・レト版ジョーカーみたいな陽気なサイコパスだったり、あれやこれやがコミックみたいに奇想天外で、素っ頓狂で、現実離れしてるんですね。

そもそも最初「インドのストレートなアクション映画」という印象だったので南インド映画かな、と思ってたら実はヒンディー映画だし、さらに実際の物語はストレートどころか結構入り込んでいて、なにしろ奇想天外で小ネタが多くてコミック的。これってなんだろう?と思ったんですが、いわゆるインドの新しい世代が作る「新感覚派」な作品てことなんじゃないかな、と思いましたね。ちょっと前なら『デリー・ゲリー(Delhi belly)』(Netflixで公開中)という作品がありましたが、最近なら『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』もその範疇に入るでしょう。「新感覚派」な作品の特徴はドメスティックなインド映画のスタイルから脱し、ポップで無国籍でちょっぴり(インド映画にこだわらない)映画オタクな風味もある作品ってことになるでしょうか。

カンフー映画への至上の愛

この『燃えよスーリヤ!!』の映画オタク風味は【カンフー映画】への至上の愛です。幼少時からありとあらゆるカンフー映画を観て育ったスーリヤの憧れは何と言ってもブルース・リー。しかもスーリヤは赤いジャージを着ていますが、これはブルース・リーから連想する『死亡遊戯』の黄色いジャージではなく、別の作品で着ていた赤いジャージ、といいますからオタクのこだわりが出まくっているではありませんか。そしてスーリヤの憧れである「片足空手マン」は『片腕ドラゴン』を彷彿させますし、オレはジャッキー・チェン映画は詳しくないのですが、そこからの引用も多いらしいのです。撮影自体、監督が「80年代香港映画と同じ手法で撮影した」と述べているぐらいですから、こんな具合に数々の映画オタク風味から導き出されたこの作品、「インド映画版タランティーノによるカンフー映画」と呼んでもいい程ではないですか。

しかしそういった「カンフー映画オタク的側面」を持ちつつ、映像面では決してアクションのみがクローズアップされているわけではない所がまた不思議な作品なんですよ。色彩感覚や情報量や構成のポップさから、どこかフランスのファンタジー映画を感じさせる部分があるんですね。これはジャン=ピエール・ジュネミシェル・ゴンドリーシルヴァン・ショメあたりに顕著な遊び心と妙な情報過多振りとノスタルジックさの目立つシナリオ・撮影・編集・美術のあり方、ということなんですよ。コミック的でカンフー映画オタク的でフランス産ファンタジー映画的でもある、というこのなんでもアリ感と無国籍振り、まさにインド映画の突然変異、新感覚派って気がしますね。

■身体の痛みは感じなくても

なんだか枝葉ばかりゴチャゴチャ書いちゃいましたが、それら様々な要素が加味され、映画として非常に面白く、物語は人間的で、アクションにはエキサイトさせられる作品として仕上がっています。ここには親子の物語と兄弟の物語があり、さらにロマンスがあります。「痛みを感じない」という設定から導き出されるエピソードやスーリヤの格闘における性能も非常に巧く物語に取り込まれていましたね。

主人公スーリヤを演じるアビマニュ・ダサーニーは新人だそうですが引き締まった身体も含め魅力たっぷりで、これからファンが増えそう。ヒロインであるスプリを演じるラーディカー・マダンはアクション未経験なのにも関わらず素晴らしいカンフー技を披露します。スーリヤのお爺ちゃん役マヘーシュ・マーンジュレーカルはヨーロッパ俳優のような渋さ。そして「片足空手マン」と「サイコパス悪漢」はグルシャン・デーバイヤーが一人二役を演じていた、というから後で知ってびっくりしました。

身体の痛みは感じなくても、心の痛み、心の熱さは人より以上に感じるスーリヤの大冒険、『燃えよスーリヤ!!』を是非劇場でご覧になってください。音楽もカッコイイよ!

■本文内で言及した作品の記事

■予告編

■特別ミュージック・クリップ

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