インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

インドと共に歩んできた男の60年に渡る愛と苦闘/映画『Bharat』

■Bharat (監督:アリー・アッバース・ ザファル 2019年インド映画)

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激動の近代インド史と共に生きてきた男がいた。彼の名はバーラト。映画『Bharat』は印パ独立から21世紀初頭にかけ、流転し続けるインドの歴史と寄り添うように生きた一人の男の、愛と苦闘、そして胸に秘めた強烈な誓いを描いた作品である。主演はサルマーン・カーン、カトリーナ・カイフ、スニル・グローヴァー、ジャッキー・シュロフ。監督は『スルターン』(2016)『Tiger Zinda Hai』(2017)でもサルマーン・カーンとタッグを組んできたアリー・アッバース・ ザファル。例によってSpaceboxさん企画のインド映画上映会にて、英語字幕で鑑賞。

1947年、印パ分離独立は凄まじい暴動と殺戮の嵐を生み出してしまう。鉄道員の父(ジャッキー・シュロフ)を持つ少年バーラトの家族もパキスタンからインドへ向かう難民列車に乗り込もうとしていたが、大混乱の中バーラトの父と妹は行方不明になってしまう。「お前は長男なのだからしっかり家族を守れ。私は後から必ず伯母のやっている雑貨店に行く」とバーラトに言い残して。成長したバーラト(サルマーン・カーン)は父の言葉を頑なに守り、様々な過酷な仕事を続けながら家族を支えてゆくが、父と妹の不在は常に彼の心を苛んでいた。 

1947年のインド独立から今年2019年は70年余り経つことになるが、この映画作品では最終的に描かれるのが2010年、主人公が70代の頃となるので、物語自体は「インドの60年間の歴史と歩んできた男の物語」ということになるだろう。物語はこの2010年現在からの主人公の回想の形を取ることになるが、それが1964年・1970年・1985年・1990年といったパートに分かれて物語られることになる。特に、陰惨なオープニングを経た後の、成長したバーラトがサーカス団に入団してハッチャケまくる1964年のパートは、電飾輝くセットと豪華絢爛な歌と踊りが炸裂する「つかみはバッチリ」な楽しみに満ち溢れ、この冒頭ですっかり作品世界に引き込まれる事だろう。

この後バーラトは家族を養うために危険を伴う過酷な職業を渡り歩くことになるが、ここにおいて苦渋と困難のみをローズアップすることなく、逆に思いのほかユーモラスかつナンセンスな展開を持ち出し、予想だにしなかったギャグ・シーンの連続に大いに笑わされながら同時に驚いていた。劇場でもインド人観客の笑い声が絶えなくて、コメディでもないのにここまで盛大な笑いに包まれたインド映画も珍しかったように思う。とはいえ勿論サルマーン兄ィ危機一髪!の緊迫した状況にも直面し、ここにおいてはサルマーン兄ィの剛力無双振りと熱いハートの炸裂する様をとことん堪能できる。

そして当然ヒロイン・クムッド(カトリーナ・カイフ)との華やかなロマンス・シーンが盛り込まれ(今作のカトリーナは相当タフな役だったが)、子供の頃からの親友ヴィラヤティ(スニル・グローヴァー)との家族同然の気の置けない友情ぶりも描かれる。さらには今年日本で大ヒットしたサルマーン兄ィ主演の『バジュランギおじさんと、小さな迷子』もかくやと思わせる卑怯なぐらい大泣きに泣かせる展開もあるではないか!こうしたユーモアとシリアス、友情と涙、ロマンスとアクションがテンコ盛りとなった緩急自在なシナリオにエンターティメント作品としての充実を感じた。

ただし幾つかのパートを積み重ねることで構成された物語は求心性に欠けともすれば散漫になってしまう。後半にあたる1985年のパートは確かに楽しかったが少々オチャラケが過ぎたかもしれない。とはいえ物語の核心にある「守るべき家族」「父との誓い」といったテーマはどのパートでも遍在しており、それによってなんとか空中分解を免れたシナリオ構成ではあった。

18歳から70歳までを演じるサルマーンはこれが結構見事に演じ分けており、特に70歳の老け役はアミターブ爺もかくやと思わせる貫録たっぷりの風貌で全く遜色がなかった。18歳というシーンも18歳はどうかとは思いつつ、特殊メイクなのかVFXなのか確かに若々しく見え、さらにほっそり見えたのでびっくりした。カトリーナ・カイフはタフで男勝りな役柄で実に個性的だった。親友役スニル・グローヴァーの徹底的にフォローに徹した演技は物語に安心感を与えていた。しかしやはり父親役のジャッキー・シュロフだろう。どこか悲し気な目元と慈愛に満ちた表情で失われた父親像とその幻影を演じる彼の存在感は圧倒的だった。

ちなみにこの作品は韓国映画『国際市場で逢いましょう』(2014)のリメイク作となる。実はこの『Bharat』を観る前に予習を兼ねて視聴してみたのだが、朝鮮半島の南北分断や父親を徹底的に敬い家族をとことん守り抜くといった儒教的内容、途上国の貧困から経済発展を遂げた現在という歴史の流れなど、 インド史とインド的な精神性とに非常に親和性の強い作品性を成しており、これのリンド版リメイク構想はまさに慧眼であったなと思わされた。『Bharat』もまたインド独立からの苦闘の歴史、経済的困窮からの経済発展、大いなる父権の影と家族主義という部分で実にストレートにインド映画王道の作品である。そしてタイトル『Bharat』とは、ヒンディー語で「インド」という意味でもあるのだ。

アリー・アッバース・ザファル監督作レビュー