インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

少年少女のロマンスを瑞々しい映像で描きながら恐るべき展開を見せる問題作『Sairat』

■Sairat (監督:ナーグラージ・マンジュレー 2016年インド映画)

良家の娘と貧しい少年とのカーストを超えた恋。2016年に公開されたマラーティー語映画『Sairat』は、インド映画ではお馴染みの美しくもまた辛苦に満ちた恋を、瑞々しく情感に溢れた映像で描き出した作品だ。しかし、この作品は、ただそれだけではない凄まじい展開を迎える。監督は『Fandry』(2012)のナーグラージ・マンジュレー。

物語は、そう、少年と少女の出会いから始まる。貧しい生まれだが快活な少年パルシャー(アーカーシュ・トーサル)は、地元の有力者の娘アールチー(リンクー・ラージグルー)に心奪われていた。遠巻きに付きまとうパルシャーに最初怪訝な表情を見せるアールチーだったが、その屈託の無さに次第に彼を受け入れるようになり、いつしかふたりは愛を囁くようになる。美しい日々、輝く様な毎日。しかし、アールチーの父はそんな二人を決して許そうとはしなかった、何故なら、二人は異なるカーストだったからだ。度重なる軋轢と暴力の果てに、二人はなし崩しのように駆け落ちをしてしまう。

この前半では、陽光鮮やかで豊かな自然の光景をバックに、年若い少年少女の出会いとその恋を伸び伸びと描いてゆくことになる。少年パルシャーはその年齢にそぐわない落ち着きと穏やかさを持ち、一方少女アールチーは、トラクターに乗るわバイクに乗るわ乱暴者は一喝するわで、なかなかに男勝りの性格だ。どこか対称的な二人だったからこそお互いが惹かれたのかもしれない。そんな二人の恋が身分の違いから強権的な父親に阻まれ……という展開を迎えるのだが、正直に言うとこの前半は若干退屈した。恋する少年少女はあまりに年若すぎて観ている自分には共感する部分が無かったし、身分違いの恋はインド映画ではあまりにありふれた題材だからだ。

しかし、大人たちの反対を押しのけ、友人たちの力を借りて駆け落ちする二人の光景に、ああこれはインド版の『小さな恋のメロディ』なのだな、ということが段々と分かってくる。ワリス・フセイン監督により1971年に公開されたイギリス映画『小さな恋のメロディ』は、やはりまだ幼い少年少女が出会い、大人たちの憤怒と妨害を尻目に、友人たちの協力を得て駆け落ち同様の旅に出る、という物語だ。同時にこの作品は中流家庭の少年と労働者階級の少女というイギリス階級社会の格差の中にある二人の恋を描いていた。こういった部分で映画『Sairat』前半は『小さな恋のメロディ』と相似形を成しているのだ。

そして後半では駆け落ちしてはみたものの、知らない街で現実の厳しさに打ちひしがれながら生きざるを得ない二人が描かれることになる。そう、駆け落ちして恋の成就が相成ってメデタシメデタシ、で終わるありていな物語では決して無いのだ。二人が辿り着いた街では言葉も満足に伝わらず、IDが無いためモーテルに泊まることもできず、着の身着のままで野宿する毎日を過ごす。二人を不憫に思ったスラムの中年女性に拾われたものの、紹介された宿はやはりスラムの物置の様な小屋だ。仕事を探しなんとか生活しようと努力する二人だが、寂しさと惨めさが二人を苛んでゆく。

この後半では、美しく夢のようだった恋が次第に現実に塗れて疲弊してゆく様子が描かれ、この物語が最初思っていた凡庸なものではないことに気付かされる。そしてこの後半では、ルイス・ギルバート監督による1971年のイギリス映画、『フレンズ〜ポールとミシェル』を想起させるものとなっている。この映画もまた10代の少年少女の恋の物語だが、やはり駆け落ちした二人は現実の厳しさに苛まれ、貧困生活を余儀なくされる、という展開を持つのだ。『小さな恋のメロディ』と『フレンズ〜ポールとミシェル』、同じ1971年のイギリス映画だが、かつてイギリスを宗主国としたインド生まれの監督がそれら映画の影響をどこかで受けたのではないかと想像できる。

という訳で一見ありふれたインド産ロマンス映画と見えて、実はイギリス産の二つのロマンス映画をその骨子として持つと思われる『Sairat』、意外と技ありの作品だということができる……のだが、実はこの物語、それで終わりでは全く無かったのだ。この映画のラストに、驚愕の展開が待っているのである。この作品の全ては、"これ"を描くためだけにじっくりと熟成させながら周到に物語を用意していったといっていい。これ以上は触れられないが、なにしろ観ていてあまりのことに呆然としてしまった。そしてこのラストは、愛や恋だけではどうしようもできないインドのある一面を抉り出す。優れた問題作であり、恐るべき傑作だということができるだろう。

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