インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

7時間2分で65キロもの距離を走破した4歳の少年の実話映画『Budhia Singh : Born to Run』

■Budhia Singh : Born to Run (監督:ソーメンドラ・パティー 2016年インド映画)


インドに住むたった4歳の少年が世界最年少のマラソンランナーとして記録を打ち立てた。少年の名前はブディヤー・シン。彼は7時間2分で65キロもの距離を走破したのだ。映画『Budhia Singh : Born to Run』は、このインド最年少ランナーを巡る真実の物語である。主演はインド3州に渡り1200人のオーディションの中から選ばれたマイヤー・パトレ、彼をサポートするのは『Veer-Zaara』(2004)、『Gangs of Wasseypur : Part 1』(2012)、『Aligarh』(2016)の実力派俳優マノージュ・バージパーイ。

ブディヤー・シン(マイヤー・パトレ)は2002年、インド、オリッサ州のスラムで生まれた。父親はすぐに亡くなり、母親の手一つで育てられていたが、その家庭は極度の貧困の中にあり、ブディヤーは行商人にたった800ルピー(日本円で約1250円)で売られることになってしまう。行商人に虐待されているブディヤーを救い出したのはビランチ(マノージュ・バージパーイ)という男だった。ビランチは柔道道場の師範だったが、篤志家でもあり、孤児院を開いていたのだ。そんなある日ビランチは、ブディヤーにマラソンの才能があることを見出し、特訓を開始する。ブディヤーはオリンピック出場も夢ではない貴重な子供だ、そう信じたビランチはマスコミや政界にアピールするため、オリッサ州プリーから州都ブヴァネーシュヴァルまで、65キロのノンストップ・フルマラソンをブディヤーに科したのだ。この時、ブディヤーはたった4歳だった。

インドにもスポーツ映画ジャンルというのがあって、意外と面白い作品が並んでいるのでよく観ている。ちょっと古いのだと『ラガーン』(2001)、『Chak De! India』(2007) はどちらも名作だし、最近だと『Mary Kom』(2014)、『Saala Khadoos』(2016)という女子ボクシングものもあった。さらに『Brothers』(2015)、『Sultan』(2016)あたりはどちらも大いに盛り上がって観た。そしてなんといっても日本公開もされた『ミルカ』(2013)だろう。インドスポーツ史に残る金メダリスト、ミルカ・シンの半生を描いた『ミルカ』は、今回紹介する『Budhia Singh : Born to Run』と同じマラソンランナーの実話物語という点で共通している。この『Budhia Singh』はさらに、貧しい生まれの少年のスポーツに賭ける夢といった点で、インライン・スケートに夢を賭ける少年の物語『Hawaa Hawaai』(2014)と共通する部分も持つ。

とはいえこの物語、いくらインドスポーツ史に名を残すとはいえ、描かれる主人公の年齢はまだ4歳。たった4歳で実話映画の題材にされるというのも凄いが、逆に言うなら他にエピソードを盛り込みようがないだろ、という気もする。今年のインド映画は実録作品が多く、その流れもあるのかもしれないが、ネタが豊富過ぎるのか逆にネタ切れなのか、よくこんな作品を作ったな、という気がしないでもない。だって、メインとなるエピソードは「4歳の少年が7時間2分で65キロもの距離を走破」、これだけである。確かにそれ自体は凄いことだが、日本なら「世界仰天ニュース」みたいな番組で5分か10分で紹介し切れてしまう内容だろう。実際にイギリスでもドキュメンタリー番組が製作されたらしいが、映画として物語を成立させるにはなかなか難しいんじゃないのか。

そんなことを思いながら観ていたのだが、やはりメインエピソードだけではない作品には一応なっていた。それはまず「4歳の子供に過酷なスポーツをやらせるわけにはいかない」というお役所の猛反発と、コーチであるビランチとの対立だ。お役所はブディヤーの長距離走を禁止しようとするが、一方、「子供ながらに大活躍するブディヤーは我らがヒーロー!」とばかりに祭り上げる、例によってお祭り騒ぎ大好きなインドの民衆の応援がそれを阻む。

そしてもう一つは、コーチであるビランチの慢心だろう。ダイヤモンドの原石のようなブディヤーに魅せられたビランチは、家族そっちのけでブディヤーに掛かりきり、「この子はいつかオリンピック選手だ!」と一人で浮かれている。当然奥さんはおかんむりだし、本当の子供もほっぽらかしだ。ブディヤーのおかげで地元の有力者と仲よくできて舞い上がっている様は実の所みっともないし、さらにビランチはブディヤーの記録を伸ばすため虐待じみた行為までしてしまう。また、一度は子供を売り飛ばした母親が、我が子の名声を聞いて親権を主張し始める。

こんな具合に、物語はブディヤー少年とは別の所で、大人たちの思惑が入り乱れる様子が描かれてゆくことになる。「少年が大記録を達成した!よかったよかった!」という物語では決して終わっていないのだ。とはいえ、そんなことよりも、ブディヤー少年が成長し、さらなる記録と栄えある成果を出し続ける物語を見たかったのだけれども、結局「早すぎた天才」を描く「早すぎた映画」になってしまっているところが惜しい。ブディヤー少年は現在14歳で、ブバネシュワールにあるカリンガスタジアムのホステルに寄宿しながらトレーニングの日々を送っているそうだが、4歳の時の輝きは消え、将来に期待はあまり持てないという。しかも最近のニュースだと、そのホステルから失踪したというではないか。やはり早世の天才は大成しないものなのかなあ、と映画とは別の部分でちょっと寂しかった。

そんな作品ではあるが、やはりコーチ役のマノージュ・バージパーイが素晴らしい。この人がいたから物語に一応の締りが出たのだと思う。そしてブディヤー役の子役の子が可愛い。オレは今まであんまり言わないようにしていたのだが、インド映画に出て来るインドの子供たちって、とっても可愛いよね。まあ世界全国、子供は可愛らしいものだけれど、インドってそもそもあんまり豊かじゃない人たちが多いから、かえって子供たちが健気に見えちゃうんだよね。

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