インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

ハイジャック犯に立ち向かった一人の女性を描く実話物語〜映画『Neerja』

■Neerja (監督:ラーム・マドゥワーニー 2016年インド映画)


1986年9月5日。ムンバイ発ニューヨーク行きパンナム航空73便は、カラチ空港で乗り継ぎ中、突如過激派によるハイジャックを受ける。事態を察知したパイロットらはいち早くコックピット内より脱出、飛び立つことの出来ない旅客機の中には乗客乗員377名が残された。窮地に立たされた4名のハイジャック犯はパイロットの搭乗を要求、受け入れられない場合は乗客を一人ずつ殺してゆくと宣言した。そんな中、客室乗務員の一人ニールジャー・バノートは乗客の命を救う為、決死の覚悟で力を尽くす。その時、彼女はまだ22歳だった。

映画『Neerja』は、実際に起こったこのハイジャック事件を題材に、客室乗務員ニールジャーを主人公として描いたサスペンス・スリラー作品である。ニールジャーを演じるのは最近『Prem Ratan Dhan Payo』『Khoobsurat』と名作秀作が目白押しのソーナム・カプール。また、ニールジャーの生還を心の底から願う母ラーマを、『Ankur』『Arth』などの社会派映画で定評の演技力を誇るシャバーナー・アーズミーが演じている。

まず最初に書くが、事実を基にした物語である以前に、映画として非常に面白かった。ハリウッド作品だともう単なるハイジャック事件なら映画にすらならず、むしろ「航空機密室サスペンス」といったストーリーに流れているように思えるが、ハイジャック事件でもまだこんなに面白く緊張感に満ち溢れた映画が作られるのだということを目の当たりにした。ハイジャックを描いたものとしてこの作品がまずユニークなのは、「飛び立つことの出来ない航空機の中の立て籠もり」であるという部分だ。さっさとコックピット・クルーに逃げられてしまうというのはある意味滑稽ではあるが、現実だからこそこんな滑稽な状況が生まれ、それがまたドラマになってしまうというのも確かなのだ。

そしてこの物語の主人公が、たった22歳の女性客室乗務員である、ということだ。マッチョな警官や軍人という訳ではないのだ。確かにハイジャックを含む航空機サスペンスでは客室乗務員が重要な役割を充てられるが、この作品ではか細くか弱い若い女性が、孤軍奮闘して乗客たちを守ろうとし、ハイジャック犯と交渉するのである。時には怯え、泣き出すこともありながら、彼女は命懸けでそれをやり通そうとするのである。そんな彼女がモデルの過去を持つというのも十分ユニークだ。彼女がこの「たった一人の戦い」を繰り広げた背景には、かつての夫に苦しめられ、勇気を持ってそれを乗り越えようとした過去があり、この事件にも、同じように勇気を持って挑もうとしたからだった。この部分は映画的脚色だとは思うが、作品に十分な説得力を与えることに成功している。

一方、ハイジャック犯たちの狂犬ぶりが物語の緊迫感をいやがうえにも高めることになる。彼らはパレスチナ解放機構から分派したアブ・ニダル組織に属しており、キプロスへの飛行と仲間の刑務所釈放を要求するはずだった。アサルトライフル、ピストル、手榴弾、およびプラスチック爆薬のベルトで武装していた彼らだったが、「飛び立たない飛行機」をハイジャックしてしまうという誤算から、計画に混乱が生じ、頭に血の上ったハイジャック犯の一人が闇雲に乗員を殺そうとし始めるのだ。そしてこれが、怖い。物語途中でニールジャーが頭に銃を押し付けられるシーンがあるが、こんな途中で主人公が死ぬことはないと知りつつも、その恐怖感が圧倒的に迫って来るのだ。いつ殺すか分からない狂人のような男を相手にしながら、ニールジャーは乗客の為に薄氷を踏むような戦いを続けるのである。

このように、物語はいたってシンプルでストレートであり、上演時間も122分とインド映画にしては十分にタイトなものだ。舞台は旅客機内を中心に進行することになるが、途中途中でニールジャーの安否を気遣う彼女の家族の様子、そしてニールジャーの回想などが挿入され、実に効果的なアクセントになっている。サスペンスは直球であり、描写に情け容赦なく、そしてこれらが殆ど現実にあったことだという重さが胸にのしかかる。娯楽映画としてもドキュメンタリーとしても非常に秀逸な作品であったのは間違いない。ただ、娯楽作品として観たいのなら、事件のことは予め調べないほうがいい。この作品はインド映画ではあるが、インド映画がどうこう言う以前にサスペンス・スリラー作品として最上の作品だった。サスペンス・スリラーの好きな映画ファンに是非お勧めしたい作品だ。