インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等あったらご容赦ください。

娘を殺された二人の男が挑む巨大な陰謀〜映画『Wazir』

■Wazir (監督:ヴィジョーイ・ナンビヤール 2016年インド映画)


テロリストとの銃撃戦により自分の娘を死なせてしまった捜査官。疑惑の大臣により娘を殺されたと信じている車椅子の男。娘を亡くした二人の男が復讐を胸に巨大な陰謀に立ち向かってゆく物語、それが2016年にインドで公開されたスリラー映画『Wazir』だ。

主演は捜査官役に『ミルカ』(2013)、『Shaadi Ke Side Effects』(2014)のファルハーン・アクタル。車椅子の男に最近では『Piku』(2015)、『Shamitabh』(2015)ですっかり老人役が板に付いたアミターブ・バッチャン、捜査官の妻役を『Khoobsurat』(2014)、『Rockstar』(2011)のアディティ・ラーオ・ハイダリーが演じる。また『Housefull2』(2012)、『Dhoom』(2004)のジョン・エイブラハムがゲスト出演。監督は『David』(2013)、『Shaitan』(2011)のヴィジョーイ・ナンビヤール、製作を『PK』(2014)、『きっと、うまくいく』(2009)のヴィドゥ・ヴィノード・チョープラーが務めている。ちなみにこの作品はチョープラーがダスティン・ホフマンを主演に予定したハリウッド映画企画が頓挫したものを映画化作品にしたらしい。

《物語》テロ対策班員のダーニシュ(ファルハーン・アクタル)は偶然遭遇したテロリストと銃撃戦となり、一緒にいた幼い娘を死なせしまう。妻のルハーナー(アディティ・ラーオ・ハイダリー)とはそれ以来冷え切った関係となり、ダーニシュは娘の墓前で自殺しようとする。しかしたまたま通りかかった車の男パンディット(アミターブ・バッチャン)に注意を逸らされ彼は死を思いとどまる。ダーニシュはパンディットの家を訪れ、彼がチェス教室を営むチェスの名手であること、事故により両足を失い車椅子生活をする男だと知る。ダーニシュはバンディットと親交を深めながら、彼の娘が事故死していること、そしてそれが事故ではなくある大臣の謀殺であると信じて疑わないことを聞かされる。そしてその大臣こそがダーニシュの追っていたテロリストの接触相手だったのだ。ダーニシュは調査を開始するが、捜査を止めさせようと謎の刺客がパンディットを襲う。

タイトルである「Wazir」は一部の西・南アジア言語で「大臣」ないし「宰相」を意味するが、チェス駒におけるクイーンの別の呼び名でもある。この作品においては車椅子の男バンディットがチェス・プレイヤーであること、暗躍する謎の男(ニール・ニティン・ムケーシュ)の名が「ワズィール」であること、ダーニシュとバンディットが追う男が「大臣」であることなどが関係しているのだろう。だがオレはチェスをしたことがないので、チェスにおけるクイーンがどういう役割の駒なのか分かっていないため、タイトル『Wazir』の暗喩する所が理解できていないかもしれない。ただし映画の構造自体にチェス・ゲーム的な心理戦が関与している、ということは言えるだろう。物語はミステリアスに進行するが、これはチェス・ゲームのように、表層の駒の動きの陰で腹の探り合いと騙し合いが進行しているという意味でもあるのだ。そういった点で、映画『Wazir』はインドにおけるスリラー映画の名作『女神は二度微笑む』の直系のスリラー作品として観ることができる。ちなみに、チェスの起源は古代インドの戦争ゲーム、チャトランガが起源であるという説もあるらしい。おお、ここにもインドが!

こういったミステリー構造を成している作品の為、内容を多く語るのは控えたほうが賢明かもしれない。ひとつだけ特色を書くなら、クライマックスにおいて物語がカシミール地方へと引き寄せられてゆく、という部分だろうか。カシミールといえば映画『きっと、うまくいく』(2009)クライマックスにおけるラダックの美しい光景を思い浮かべるが、同時に『Dil Se.. (ディル・セ 心から)』(1998)や『Haider』(2014)でも描かれた血塗られた紛争地帯でもあるのだ。映画におけるこういったカシミールの悲劇性に魅せられたことのある人なら、この『Wazir』にも心惹かれる部分を見出すことができるかもしれない。出演者の魅力を書くならアミターブ・バッチャンは苦悩に満ちた人生を生きる老人を安定のジジイ演技で演じ切り、一方ファルハーン・アクタルは出演作ごとに異なる表情を見せる演技の幅に驚かされた。ヒロインとなるアディティ・ラーオ・ハイダリーはよく知らない女優だったがこの作品では大いに存在感を花開かせていた。また謎の男ワズィールを演じるニール・ニティン・ムケーシュも艶のある素晴らしい悪役ぶりであった。