インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

失恋男とお節介女の恋物語〜映画『Jab We Met』

■Jab We Met (監督:イムティアズ・アリー 2007年インド映画)


電車の中で出会った一組の男女にほのかな想いが芽生えて…というインド映画では定番中の定番ともいえるボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーです。とはいえこの物語、オーソドックスすぎるこのシチュエーションに様々な”ひねり”を加えることで、非常に斬新な切り口の恋愛ドラマとして仕上がっているんですね。主演は『R...Rajkumar』『Haider』のシャーヒド・カプール、ヒロインを『きっと、うまくいく』『ラ・ワン』のカリーナー・カプール。そしてこの二人が、非常に素晴らしいんですよ!

《物語》新米社長のアーディティヤ(シャーヒド・カプール)は交際相手の女性から別離を言い渡され呆然自失となったまま、どことも知れぬ行先の列車にふらふらと乗り込んだ。そんな彼をいぶかしく思った同席の女性ギート(カリーナー・カプール)は、持ち前のお節介焼きな性分から彼を励まそうとちょっかいを出す。なんだかんだと世話を焼くギートに、最初はうんざりしていたアーディティヤも次第に心を開くようになり、ギートを目的地である彼女の実家へと送り届ける。そこでアーディティヤはギートから、両親に無理矢理結婚させられそうなこと、自分には恋人がいて、その彼と結婚したいことを知らされる。ギートは家を逃げ出すが、アーディティヤもそれに巻き込まれ、一緒に彼女の恋人のいる街へ行くことになってしまう。

列車の中で知り合った一組の男女の物語、という『DDLJ』を髣髴させるインド映画ラブロマンスの典型的な設定を用いながらこの作品が斬新だったのは、この二人がその場で恋に落ちておらず、また、二人の状況が恋に落ちる要素を排している、という部分にあるんです。まず、アーディティヤは手痛い失恋をしたばかりで女性のことなんか考えられない状態でした。そしてギートには既に恋人がいるんです。ギートの優しさに触れて心の傷を癒されるアーディティヤでしたが、それが恋心に結び付けられることなく、逆にギートと彼女の恋人との間を手助けしてしまうんです。ギートはギートで、アーディティヤに対するちょっかいは単なる親切心からのお節介焼きである、と最初に説明されてしまっているんですね。要するに「出会った時に一目惚れ!」とか「気のない相手に徹底アタック!」という物語では決してないんですよ。そんな二人が、次第に、ほのかに…というのがこの作品の見所であり真骨頂なんですね。

こんな物語を可能にしたのは、なによりも主演の二人の演技でありキャラクター作りの賜物でしょう。まずアーディティヤを演じるシャーヒド・カプールは、この作品において線が細く知的で内気な男を演じますが、これはマッチョだったりセクシーだったりヤンチャだったり、はたまた執拗に口説きまくるといったインドのラブコメ映画でよく見かける男性像とかなり外れているんですね。眼鏡を掛け小声で喋り、すっきり着こなしたスーツ姿も精悍な肉体を感じさせるものではないんです。おまけに失恋したばかりで自分の殻にすっかり籠りきってしまい、何に対しても無関心、自分からなにか行動を起こすのではなく、ギートに巻き込まれてしまったのでしぶしぶ行動をしているだけで、そのギートに心惹かれる自分に気付いてもその気持ちを無視しようと努めてしまうんです。ここまで消極的なインド映画主人公というのも珍しいかもしれません。そんなキャラを演じシャーヒド・カプールは演技賞ものでしょう。

その相手役ギート演じるカリーナー・カプール、彼女がまた素晴らしい。ぺちゃくちゃとまくしたてる明るくコミカルな女性キャラを様々な作品で演じてきた彼女ですが、どこか作り過ぎな感じはしていたんですね。しかしこの作品でのカリーナー・カプールは等身大の役どころがリラックスした演技へと繋がったのでしょうか、これまで自分が観たカリーナー・カプール映画で初めて彼女を可愛らしく思ってしまいました。確かに「心傷ついた時に現れた世話焼きの女性」というのは男性目線の都合のいい女性像かもしれませんが、やはり彼女も容易くアーディティヤと恋に落ちることはありません。そして、お互いはお互いの事情を抱えています。しかし、そんな二人が偶然の出会いの後にそれぞれの現実へと帰り、そこで「なぜだか、あの時の、あの人が気になって仕方がない」という気持ちを少しづつ膨らませてゆく。そしてそれが、揺れ動きながらも新たなロマンスへと変化してゆく。そういった「ゆっくりと心を覆ってゆくときめき」が、今までにないものを感じさせた作品でした。


'Jab we met' trailer