インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

世界最悪と呼ばれるボーパール化学工場事故を描くセミ・ドキュメンタリー映画『Bhopal: A Prayer for Rain』

■Bhopal: A Prayer for Rain (監督:ラヴィ・クマール 2014年インド/イギリス映画)


ボーパール化学工場事故と『アニマルズ・ピープル』

ボーパール化学工場事故。それは1984年に発生した世界最悪と呼ばれる化学工場事故だ。
1984年の12月2日から3日にかけての深夜、インド中部の都市ボーパールにあるユニオン・カーバイド社の殺虫剤工場から猛毒のガスが流出し、工場周辺の町を覆った。そのガスにより夜明けまでに2000人以上の住民が死亡、最終的には死者3万人、健康被害や後遺症に苦しむ負傷者は50万人にのぼるという大惨事となった。この事故はユニオン・カーバイド社並びにインド/アメリカ政府の事故後の対応の悪さでも悪名高いものとなる。ユニオン・カーバイド社は責任の所在を認めず、同社社長は逃亡し、インド政府はアメリカ企業の追及に及び腰で、アメリカ政府はインドに無関心だった。1989年に示談による和解が成立したが、被害者の手に渡った賠償金は一人僅か300ドルだったという。

実は自分は、この大事故のことがまるで記憶になかった。ニュースでは報道されていただろうけれども、世知に疎かった当時の自分の感覚では、インドという国は「遠い、よく知らない第3世界」で、大変なことがあったんだなあとは思えても、すぐさま日々の雑事の中で忘れ去ってしまっていたに違いない(そんな人間が今やインドインド言っているのだから隔世の感がある)。しかしその後、2011年に発売された小説『アニマルズ・ピープル』を読んで、この事故の恐ろしさを目の当たりにすることになる。

インド系英国人作家インドラ・シンハが書いた『アニマルズ・ピープル』(レビュー)は、この事故を題材にしたフィクションだ。主人公は化学工場爆発事故により家族を失い、自らも不具となってしまった青年、通称"動物"。この彼が、ゴミ溜めのようなスラムの中で雑草のように生きながら、20年前汚染事故を起こしたまま補償すらしないアメリカ企業との絶望的な戦いを繰り広げていくというのがこの物語だ。正直、衝撃的だった。その生々しい物語もさることながら、題材となったボーパール化学工場事故がどれほど恐ろしい事故であったか、そしてそこで生き残った人々にどんな悲惨な運命が待っていたのかを知るのは、暗く重い読書体験だった。

映画『Bhopal: A Prayer for Rain』

映画『Bhopal: A Prayer for Rain』はこのボーパール化学工場事故を元にインド・イギリス資本で製作されたセミ・ドキュメンタリー作品である。監督は短編映画作家であり小児医師でもあるラヴィ・クマール。出演はカル・ペンラージパール・ヤーダウ、タニシュター・チャタルジー。さらにハリウッド俳優マーティン・シーンミーシャ・バートンが出演していることも見所だろう。また、本作は《2013年カンヌ映画祭》で公開された後『祈りの雨』のタイトルで《アジアフォーカス・福岡国際映画祭2013》及び《第26回東京国際映画祭》で上映され、2014年にインドで一般公開された。

映画は化学工場周辺に建ち並ぶスラム地帯に住む男、ディリップ(ラージパール・ヤーダウ)を中心に物語られる。無職の彼は妻子を抱えながら貧しい生活を送っていたが、工場勤務が決まり有頂天になっていた。しかし工場は薬品漏れによる従業員死亡者を出したばかりであり、安全管理に疑問が持たれていた。実際、売り上げ不振による経営悪化から、工場は大幅な経費削減を余儀なくされ、その皺寄せは杜撰な保安体制と劣悪な機械設備へと転化されていた。

地元新聞社のモトワニ(カル・ペン)は工場の危険性をいち早く察知し、ボーパールを訪れていたパリ・マッチ誌の記者エヴァミーシャ・バートン)にユニオン・カーバイド社社長のインタビューを要請する。ユニオン・カーバイド社社長ウォーレン・アンダーソン(マーティン・シーン)もまた工場視察の為アメリカからボーパールに訪れていたのだ。だがアンダーソンがエヴァに語るのは企業への揺るぎない自信だけであり、工場の危険性という現実は無視されたままだった。そしてこうしている間にも大惨事への秒読みは刻一刻と近付いていたのである。

祈りの雨

冒頭から住宅密集地のど真ん中に建つ巨大な化学工場、という俯瞰映像が映し出され背筋に冷たいものが走る。その住宅の多くは貧しい人たちの暮らす掘立小屋のような家屋だ。これら貧しい人々の雇用が工場により確保されていたことも物語は明らかにする。そしてそのスラムの一角にディリップとその家族が住む。いわゆるボリウッドな映画ではこうしたスラムの様子はあからさまに描かれなかったりするので奇妙に目を奪う。ディリップの妻とその妹の配役は役者の名こそ知らないが美しい人だ。子供たちは貧しさの中でも元気でやんちゃだ。だがこの密集した家屋とそこで人々がひしめき合うようにして暮らしていたことが後に惨事へと繋がるのだ。

一方、工場ではぞんざいな監督官、横柄な財務担当、理想論だけの社長、賄賂を貰った市職員らによって、その安全性がどんどんとおざなりにされてゆく様が描かれる。ボーパール化学工場事故は実はこうした人的要因によるものだったのだ。もうひとつ言える事は、資本にとってこの工場は「インドという遅れた第3世界で安い賃金で稼動させらる工場」であり、そこで働く住民も、その近辺に住む者たちも、彼らにとって「遅れた世界にいくらでもひしめいている履いて捨てるような貧者の群れ」に過ぎなかったかったからこその軽視、蔑視があったのではないか。それに対する現地人監督官、市当局は単なる「強い資本・国家に対するおべっか遣い」でしかなく、モラルは著しく低下していた。その双方によって現地労働者と住民の生命が軽んじられてしまったのがこの事故の要因だったのではないか。それはその後のおざなりな補償の在り方にもありありと表れているではないか。即ち、彼らにとってインド人とは「安い命」であり、そういった資本の【傲慢】が、全ての惨事の発端としてあったのだ。

地獄の釜

こうして事故は起こる。煙突から流れ出す猛毒のイソシアン酸メチルは風に乗り工場周辺のスラムを覆い尽くす。ここから描かれる壮絶な地獄絵図はあたかも恐怖映画の様相を呈し、その惨たらしさと痛ましさは身も凍るような凄惨さに満ちている。しかしこれは恐怖映画ではなく、現実に起こったことなのだ。その屍累々たる映像の重さは、この事故がいかに想像を絶するような恐ろしいものであったのかを思い知らせる。

映画としてみるならば、例えばユニオン・カーバイド社社長ウォーレン・アンダーソンをあまりに中庸な存在として描きすぎているきらいがあるかもしれない。これは監督インタビューによると「ユニオン・カーバイド社のアンダーソン会長を007の悪役のようにはしなかったのは、そうすると信憑性のない、現実味のないキャラクターになってしまうからと、プロパガンダ映画になりかねないという危険から」だという。それにより「この映画は、誰が悪かったのか、と責めるために作ったのではなく、何が間違いを引き起こしたのか、という点を検証したいがために作った」ということなのらしい*1。監督には「この事故を教訓として未来に何が残せるのか」が頭にあったということなのだろう。
また、パリ・マッチ誌の記者エヴァの存在はこの作品の構成にあまり寄与していないように感じるが、事故の背景に西欧社会の目を持ち込み、そのインタビューによってアンダーソン社長が何を考え何を第一義として経営を成しているかを引き出す役目としては充分機能していた。この劇中インタビューでアンダーソン社長は「確かに従業員の死亡事故はあったが、殺虫剤製造により害虫感染であるマラリア発症を阻止し多くの命を救っている」と述べ、さらにユニオン・カーバイド社が原爆製造に一枚噛んでいたことを明かし、「その原爆投下によって戦争が終結し、結果的に多数の命が守られたことになる」と誇らしげに語るのだ。この冷たい論理、あるいは論理のすり替えの中にこそ、大企業の持つ病理が存在している。



アニマルズ・ピープル

アニマルズ・ピープル