インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

幼女誘拐事件を巡る深い闇〜映画『Ugly』

■Ugly (監督:アヌラーグ・カシュヤプ 2014年インド映画)

映画『Ugly』は『Gangs of Wasseypur』『Dev.D』のアヌラーグ・カシュヤプによる監督作品だ。カシュヤプ監督はボリウッド屈指のストーリーテラーと呼ばれているそうだが、この『Ugly』は幼女誘拐事件を中心に、人間たちのどろどろとした心情を浮かび上がらせてゆくノワール作品となっている。

物語は売れない俳優ラーフルラーフル・バット)が長年の付き合いであるエージェントのチャイタニア(ヴィニート・クマール・シン)との打ち合わせに車で向かう所から始まる。車には離婚した妻シャリニとの10歳の娘カーリーが乗っていた。しかしそのカーリーが行方不明となり、ラーフルとチャイタニアはその近くでカーリーのスマートフォンを持っていた男を追跡するが、男は逃走の未、車にはねられて惨死する。警察に行くラーフルだったが、警官たちはからかうばかりで事件をまともに取らない。やっと現れた警察署長ボズ(ロニット・ロイ)はしかし、ラーフルにひたすら冷酷に対応する。なんとボズはシャリニの再婚相手だったのだ。その陰で、チャイタニアは事件を利用して犯人に成り済まし、身代金を奪おうと画策し始めていた。

誘拐事件とその被害者、そして犯人を追う警察官、というドラマは幾らでもあるが、この『Ugly』では被害者である筈の者たち、さらに正義の側にいる筈の警察官もまた、その心に言い知れぬ暗い情念を抱えている。この物語の中心となる者たちは誰もが真っ当に描かれない。確かに主人公ラーフルは娘の行方を必死になって探すけれども、別れた妻と再婚相手である警察署長の間で常にわだかまりをたぎらせている。警察署長ボズは自らの職務を的確に遂行してゆくけれども、権力志向が強くいつも目つきは虚ろで、妻の電話通話を常に盗聴している猜疑心の強い男だ。その妻シャリニは鬱病でアルコール漬けとなっており、自殺を願っている。チャイタニアは友人である筈のラーフルの事件を利用して濡れ手に粟を狙っている始末なのだ。

こうして『Ugly』はそのタイトル「醜さ」そのままに、幼女誘拐事件を中心としながらその周りにいる者たちの醜く歪んだ内面を描き出す。物語は誘拐事件の真犯人が浮かび上がらないまま、それに関わる者が沼地を這いずり回るかのように汚濁と虚無の中を彷徨う姿が描かれてゆく。ある意味これはひとつの【地獄】についての物語である。そのあまりの暗さ、救いようの無さ、遣り切れなさは、内容や完成度こそ違いはあれ、ハリウッド映画『セブン』や『悪の法則』に通じるものを感じた。特にこの『Ugly』において事件の7日間の流れを曜日を表示させながら区切って見せてゆく演出方法は、映画『セブン』における7日間の演出と酷似しており、これははっきりと意識したものである言い切って構わないだろう。『セブン』『悪の法則』はキリスト教的な【原罪】の中から神無き世界を描こうとしたが、そういった部分で、映画『Ugly』もまた、神無き世界を描いた作品だということもできるのだ。

それにしてもこのインド映画らしからぬ寒々とした陰鬱さと救いようの無さは何なのだろう。この作品は実際には2013年に完成しカンヌのフィルム・アワードで一度公開されており、その後2014年暮れにインドで一般公開されたのだが、当時のインド映画の潮流から見てもどうにもピースのはまる箇所の見られない鬼っ子の様な作品だ。ある意味野心的ともいえる作品なのだが、例えばこの映画はインド映画ファンしか知らないだろうし観ることの無い映画であるにもかかわらず、インド映画ファンにはあまり好かれないけれどもインド映画に興味の無い一般的なノワール映画ファンなら大いに受け入れられる作品であるとも思えるのだ。これはもうアヌラーグ・カシュヤプ監督のストーリーテリングがどこかで突き抜けてしまった作品としか言いようがないだろう。後味の相当の悪さも含めて問題作だろう。

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