インド映画を巡る冒険(仮)

以前メインのブログに書いたインド映画記事のアーカイヴです。当時書いたまま直さず転載しておりますので、誤記等ありましてもご容赦ください。

愛と復讐に生きる男の数奇な運命を描く怒涛の名作~映画『Agneepath』

■Agneepath (監督:カラン・マルホートラ 2012年インド映画)


最近結構なペースでインド映画を観ているんですが、良作・快作・珍作・名作数ある中で、「うぉおぉおぉ~~ッ!!きたきたきたぁ~~ッ!!」と思わず身を乗り出して絶叫してしまった(心の中で)のが2012年公開のこの作品、『Agneepath』です。タイトルは"火の道"といった意味の言葉なのだそうですが、その内容は暗い絶望の中でまさしく火のように赤々と燃える、愛と憎しみに彩られた一人の男の大復讐譚だったのですよ!

物語の舞台は1970年代のインド、ボンベイ沖にある小さな島。教師の父を持つ少年ヴィジャイはこの島で幸せに暮らしていましたが、その生活はコカを栽培して大儲けを企む村長の息子カーンチャー(サンジャイ・ダット)の登場によって脆くも破壊されてしまいます。カーンチャーの企みによってヴィジャイの父が少女レイプ犯の汚名を着せられ、村人たちにリンチ同然の仕打ちを受けた後吊るし首にされ殺されたのです。島を逃げ出したヴィジャイとその母はボンベイのとある娼館に身を寄せますが、そこでヴィジャイは悪徳警官を殺害、そしてそのまま地元の麻薬マフィアに匿われることになるのです。そして15年後、マフィアボスの左腕として生きるヴィジャイ(リティク・ローシャン)は、ついに復讐に向けて動き出すのです。

もう冒頭から怒涛の展開の連続です。悪鬼のような形相の敵役カーンチャーの登場、狂気に駆られ暴徒と化した村人、豪雨の中目の前で殺される父、ボンベイ黒社会の恐ろしい人身売買の描写、心身喪失状態のまま警官を殺してしまう主人公少年、黒社会に足を踏み入れたばかりに母や妹と離れて生きる主人公の孤独、その家族との絆、娼館の娘カーリー(プリヤンカー・チョープラー)との切なくささやかな愛、陰謀と殺戮、突然襲い掛かる悲劇、そして年月を経てもなお決して消えることのない、父を殺した男への深い憎悪。物語はこうして、ただただ復讐だけを誓って生きる一人の男の、嵐のように揺れ動く数奇な運命とその行方を、圧倒的なまでの情感で描いてゆくのです。そしてそれらに、インドならではの土俗と自然、文化と宗教が荒々しくもまた鮮やかな色調を加えているのですよ。

しかし、こうした暗くドロドロとした情念を描いた物語ではあっても、インド映画らしい歌と踊りは決して忘れてはいません。しかもそれはとりあえずお約束で挿入されているというものでは決して無く、物語のシチュエーションにきちんと則った形で入れられているんですよ。だからあまり数も多い物ではないんですが、だからこそ恐ろしく効果的に使われているんです。最初に登場する踊りは物語が始まって1時間位経ってからやっと、というものなんですが、それまでギリギリまで張り詰めて進行していた物語が、この踊りで一気にその緊張感を開放し、そこだけ夢のように儚くもまた美しい映像として花開くんですよ。そして主人公を取り巻く現実が陰惨なものだからこそ、この愛に満ちた美しい映像が、実はとても切ないものである、ということも分かるのです。

そしてこの作品は配役が非常に充実しています。まずなんといっても悪役の親玉、カーンチャーを演じるサンジャイ・ダットです。熊のように大柄でずんぐりむっくりの体躯、髪も眉も剃り落した海坊主のような頭、どんよりと曇った虚ろな瞳、そして常に哄笑しているかのような歪んだ口元。はっきり言ってバケモノ、そしてだからこそ敵役としての存在感が格別なんですよ。いやしかしこんな俳優よくいたもんだなあ。一方主人公を演じるリティク・ローシャンは精悍なマスクにクールな緑の瞳、鍛え上げられ引き締まった肉体と、色男の貫録満載です。そしてヒロインを演じるプリヤンカー・チョープラーの美しいこと美しいこと!しかし美しいだけではなく表情が豊かで、時として見せるおどけた顔がまた愛らしいんです。リティク・ローシャンとプリヤンカー・チョープラーは以前観たスーパーヒーロー映画『Krrish 3』でも共演していましたね。

これら素晴らしい配役に恵まれ、そして復讐譚という非常に感情を揺さぶるテーマを持ったこの物語、インド映画の枠を超え、世界マーケットでも十二分に通用する作品であるばかりか、インド映画に興味の無い方が観られても、その面白さは衝撃を持って伝わることでしょう。お勧めです。